大人になるまでお預けです

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大人になるまでお預けです

「――すごく美味しい」  紙箱に入れたチョコ菓子(峡さん手製のオレンジピールチョコ)をしげしげと眺めて、姉の美晴がいった。 「これ、売れますよ? 私売ります……じゃなくて、どうやって作ったんですか?」 「教えてもらったレシピですから」  峡さんは苦笑ともなんともつかない表情をうかべている。 「あとで書いてさしあげます」 「私、何が起きた時でもいちばん役に立っていちばん素晴らしいのは美味しいものを作れる才能だって常々思っているんです。いや本当に……美味しい」 「それはよかった」 「まぶしているチョコレート、ビターチョコ…っていうんですか? 甘すぎないのがいいわ。オレンジの皮ですよね?」 「ええ、二月は甘夏で作ってみたんですが、今回は手に入らなくて」 「ああああ。二月」  姉は大きくうなずいている。いったい何を大げさに納得しているんだ。僕はふたりの会話を眺めながら座っている。口を挟むべきだろうか。でも会話は続いているから、僕は黙っていたほうがいいのかも。姉がただのおしゃべりで、峡さんがいい感じに相槌を打っているだけだとしても。  僕らは実家の台所に座っている。峡さんと一緒にここへ来るのは二回目だった。僕の両親もきょうだいも僕らのことを祝福してくれているし、前回は驚いたにちがいない僕らの年齢差も、今回は織り込み済みといった様子になっている。  僕は先月末にアパートを引き払い、峡さんのマンションで一緒に暮らしはじめた。来月の吉日に籍を入れることも報告済みで、これも何の問題もない。  それなのに両親や姉と峡さんが話している場にいると、むずがゆいような照れくさいような、落ち着かない気分になる。といってこの場を離れるのもどうかと思う。姉のことだ、僕がいなくなったら最後、峡さんにあまり話してほしくないことをいいだすかもしれないじゃないか。 「料理がご趣味だそうですけど、トモはすごく食いしん坊でしょう? 呆れません?」 「何でもおいしいといってくれるのは嬉しいですよ」 「小学生くらいかな、トモが道端でなにか拾ってきたことがあって」 「――姉さん」  いわんこっちゃない。僕は釘をさそうとするが、姉の方が早かった。 「きれいな石が落ちてたっていうんですよ。このくらいの大きさで」と姉は爪の先を指さした。 「半透明の、結晶みたいなの。宝物にするんだって水道で洗って、しばらく眺めていたんだけど――それからどうしたと思います?」  峡さんは先を促すようにうなずく。ああ、やめてよ、と僕は思う。 「姉さん、あのねえ、そんな子供のときのこと」 「口に入れて舐めたの」 「石を?」  峡さんの眼が丸くなる。 「ええ、そうなんだけど――」  姉はこらえきれないように声をあげて笑った。 「食いしん坊もいい加減にしろって思ったんですけど、オチがあって。甘いっていうの」 「え?」  峡さんがびっくりした表情になったので、僕はあわてて「いいよ、姉さん」とさえぎった。 「あのね、峡さん――氷砂糖だったんです。その石」 「氷砂糖?」 「氷砂糖がひとつだけ道端に落ちてて、僕はたまたまそれをきれいな石だと思って拾っちゃったんです」  姉はすでに爆笑している。 「おかしいと思いません? 氷砂糖がただの道端に落ちてるのも変だし、それを目ざとく見つけて拾ってくるトモもおかしいし、舐めたら甘いっていうのもおかしい」  峡さんの笑顔はつられてのものにちがいないし、実際笑ってもらうくらいでちょうどいいのだが――にしても、まったく!  笑い声の背後でカタンと物音がした。キッチンの戸口を振り向き、小さな影をのぞくのをみたとたん、姉がぱっと手を動かした。 「トモ、隠して!」急にひそひそとささやく。 「え?」 「チョコよチョコ! 湊人にバレる!」  僕は困惑しながらオレンジピールの箱に蓋をした。姉は素早く立ち上がり、冷蔵庫をあけると箱を一番上の棚に入れてしまう。だが湊人の視線はしっかり姉を追っている。 「それなに」  舌足らずな問いかけに、姉は素知らぬ顔で答えた。 「苦ーいおくすりよ。大人だけに必要なの」
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