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深夜食堂
「そういえば最近『たべるんぽ』の投稿はやめたの?」
峡さんが唐突にたずね、僕は思わず服を脱ぎかけた手をとめた。
「え――やめてはいないけど……」
フットライトが光るだけの部屋は薄暗い。僕はシャツを床にほうりだしてベッドに乗る。峡さんはヘッドボードにもたれて座っている。僕は彼の膝をはさむように足を開いて正面に座る。峡さんの雄に自分のそれを擦るようにしながらキスをねだる。峡さんの手が僕の背中にまわり、最初はかすめるようだったキスがだんだん深くなる。抱きあったままシーツの上に倒れて、おたがいの肌を弄りはじめると、すぐに言葉がどこかへ行ってしまう。僕は何を聞かれたんだっけ?
「……忘れてました――たべるんぽ……外食が減ったから――っ」
一応答えはしたが、その直後、僕は声にならない声をあげて背中をのけぞらせている。峡さんはうつぶせになった僕の尻の割れ目を舌でさぐり、前に回った指で僕自身を弄ぶ。一度に両方を責められると降参するしかないのに、強欲な僕はそれだけでは足りない。腰をもどかしく揺さぶって峡さんの雄の圧を求める。
「あっ――ああん、あ――」
奥を何度も突かれると喉の奥から止めようもなく声があふれる。外食が減るのもあたりまえだ。休みともなると峡さんのマンションへ来て、暗い寝室でこんなことをしているのだから。
以前は週末の宿題のようにこなしていた食レポがお留守になるのもしかたない。おまけに絶頂に達したあとの僕はシーツの上でうとうとして、そのまま眠ってしまうこともたびたびだった。
そんなときは深夜に眼が覚めてしまうこともある。いささか恥ずかしいことに空腹のためだった。やれやれ、僕の欲望ときたら。眠っている峡さんを起こさないよう気をつけながら僕はこっそりベッドを抜け出す。シンクの上の小さな明かりを頼りに水を飲む。コンロの上には鍋がひとつ。僕は蓋をあけて中をのぞく。今日の夕食に食べさせてもらったポトフだ。ちょっとだけ――
「お腹すいた?」
「わっ」
背後で響いた声に僕は飛び上がりそうになった。恨めしく思いながらふりかえる。キッチンの戸口で峡さんが眼を細めている。
「夜食にするか。温めて。弱火で」
「……はい」
僕は逆らえずにうなずいた。峡さんはもう調理台に立ってバゲットを切っている。濃い青色の皿に盛ったポトフの具は、厚切りの豚肉とニンジン、ジャガイモ、カブのようなおなじみの野菜だけ。それなのに肉の味がスープにも野菜にもしみこんで、胃にひとりでに入るんじゃないかと思うほど美味しい。
そういえばずっと前、佐枝さんとTEN-ZEROのプロジェクトで会ったときも、ランチに美味しいポトフを食べた。カフェ・キノネだ。あの店のことは結局食レポに書かなかった。写真は撮ったからモバイルに残っているだろう。あれは美味しかった。でもこの峡さんのポトフだって、お金を出して食べたいくらいじゃないか。
顔をあげると峡さんと眼があった。がっついて食べるところをしっかり見られているのだ。これまた、なんだか恥ずかしい。
仕返しではないけれど、そのうちこっそり「峡食堂」の食レポを書こうか、なんてことを僕は思った。
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