好きなもの苦手なもの

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好きなもの苦手なもの

 セロリを刻むのは楽しい。  まな板の上で繊維を断ち切るたびに爽やかな青い香りがたつ。俺は茎を刻みながら、最初に分けておいた葉の部分をつまみ食いする。好きか嫌いかと聞かれたらセロリはかなり好きな野菜だ。生のままマヨネーズでかじるのもいいし、ピクルスにしてもいい。今のようにひき肉と炒めて、スープにしてもいい。  リビングにつながるキッチンスペース、中庭に向いた窓からは午後の光がさしこんでいる。まな板にあたる包丁の音、自分の手が的確に動くこと、そんな小さな事柄が意味もなく心地よい。 「サエ、来週の――」  廊下の方から藤野谷の声が響く。俺は口にセロリをくわえたままその方向へ首を振る。 「んん?」  藤野谷はまばたきをした。「何か食べてる?」 「んん……ロリ」  曖昧な返事のあいだに藤野谷は俺の横に来た。まな板をみつめる。 「セロリか」 「そう、セロリ」 「サエ、セロリ好きだな」 「ああ」  セロリという野菜は茎の縞模様も美しいと思う。色もきれいだ。根元のあたりのうっすら黄色がかった白色が、葉の方へ近づくにつれて緑に変わるグラデーション。包丁を入れた時の角の立ち方。俺は葉っぱのついた細い茎をひとつザルから拾う。 「おまえも食べる?」  藤野谷はかすかに顎をそらしていった。 「いや。俺はいい」 「天は生のセロリ、あまり食べないな」 「ああ」 「あまり好きじゃない?」 「得意とはいえない」  実をいうと俺はそのことに薄々気づいていた。藤野谷も休日はたまにキッチンで何か作ることはある。しかし冷蔵庫の野菜室をあけてもセロリはいつも完全スルーだ。だから俺も一応は気をつかって、自分のサラダにセロリを入れる時も、藤野谷の皿には盛らないようにしている。してはいるが…… 「それは?」藤野谷は俺の手元をみた。 「スープにするんだ」 「セロリを?」 「よく作ってるだろう。ひき肉とジャガイモの。おまえも美味いっていったやつ」 「ああ、あれか――」藤野谷はそういいながら奇妙な眼つきになった。 「セロリか」 「セロリだよ」そう答えたとたん、俺は悟った。 「もしかして天、気づいてなかった?」  藤野谷はちらっと俺の顔をみて、眼をそらす。 「いや?」  俺は口が勝手に笑うのを止められない。 「でもスープは好きなんだろ? よかったな、セロリ食べられて」  刻んだセロリをザルにあけて、俺はジャガイモに手をのばす。藤野谷は見ているだけかと思いきや「俺もやる」と手を出してきた。手伝いはありがたいが、俺はふと思い出す。 「天、さっき何かいいかけてただろう」 「たいしたことじゃない。あとでいい」 「じゃあそのタマネギやって。皮を剥いて切るんだ」  藤野谷はシャツの袖をまくった。シンクで手を洗うと、すこしかがむような姿勢でタマネギの皮を剥きはじめる。まもなくツンとした香りが立ち、俺は眼を瞬かせる。 「サエはさ」藤野谷がぼそっといった。 「ん?」 「グリンピースが苦手だろう」 「あ――ああ」  俺はちょっとだけ恥ずかしいような、居心地の悪い気分になる。そう、グリンピースは昔から苦手なのだ。そのことがバレたのは、前に藤野谷がチャーハンだかチキンライスだかを作った時、いつもの癖で全部避けてしまったからだ。 「今度はそっちもスープにするか」と藤野谷がいう。 「グリンピース? まあ……ポタージュなら好きだけど」 「作ったことあるか?」 「いや。面倒だから……」 「それならいずれ俺が作る」  これはさりげない仕返しなんだろうか。それにしたって、おまえが家でのんびり料理ができる午後なんてめったにないくせに。  そう思ったが口には出さなかった。藤野谷にタマネギを刻ませて、俺はコンロにフライパンをのせる。ふたりで料理をするのも悪くない。
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