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レオと名乗る吸血鬼と出逢って以来、週末がくるたびに俺はコップ一杯分の血液を彼に提供している。
今はすっかり慣れてしまったが、三回目くらいまでは泣きべそをかきながら吸われていた。
それだけじゃない。
あろうことか、レオは俺の血を飲んで「まずい」と言いやがったのだ!
信じられるか? こっちは死ぬ気で提供してやったってのに、「こんなまずい血ははじめてです」だの「普段なにを食べて生活しているのですか、まさか豚の餌じゃないでしょうね」だの、それはもう散々な言われようだった。いろんな意味で泣きたくなった俺の気持ちを察してくれ。
けれど。
吸血鬼であるレオとは夜にしか会うことができない。それがむしろなんとも言えない特別感を味わわせてくれて、いつしか俺は、週末の夜を楽しみにするようになっていた。
マリさんと過ごした時間ほどではないだろうが、レオにとって、俺と過ごす夜が少しでも楽しいものになっていたら。
そんな些細なことを願いながら、俺は今夜も、レオと肩を並べて黒い空を見上げている。
何気ない世間話に区切りがついたところで、俺は黒い丸首のTシャツの左襟を掴んで引き下げた。
「それじゃ、今夜もやっちゃってくれ」
二ヶ月前の初回時に盛大にワイシャツを赤く染めてしまってから、レオと会う時には汚れの目立たない黒い服を着ていくと決めていた。
自信ありげに笑う俺を、レオはどこか蔑むような目をして見る。
「今日こそまともな血を提供してくれるのでしょうね」
「おう、任せとけ。あれから二ヶ月、そろそろ俺の涙ぐましい努力の成果が現れる頃だ」
レオに血を「まずい」と言われた夜以来、俺はそれまでの不摂生すぎた生活習慣を改め、健康第一の暮らしを心がけるようになった。
規則的でバランスの取れた食事の管理のみならず、睡眠時間の確保、適度な運動など、健康なからだを保つために必要と思われることはなるべく取り入れるようにしている。おかげで最近の体調は抜群によく、来年の健康診断が今から楽しみなほどだった。
「ほらよ。遠慮すんなって」
過去七回の摂取を経て、レオの食後の感想は徐々によいものになりつつある。八度目の正直だ。今日こそ合格点をもらいたい。方向性のよくわからない努力ではあったが、実らないよりは実ったほうがいいに決まっている。
……まぁ、うまいにせよまずいにせよ、どうせ俺は、このまま死ぬまでレオに血を分け与え続けることになるのだ。あるいはレオが、マリさんの生まれ変わりともう一度出逢う時まで。
いつになるかはわからない。俺の寿命が尽きるまでに、再会が叶わないかもしれない。
そうだとしても、俺は最後まで諦めない。ふたりが再会を果たすまで、俺は俺のできることをして、ひとりになってしまったレオのことを精一杯支える。それだけだ。
やがてレオは、小さな小さなため息をついた。そして彼の碧眼は、燃えさかる炎のごとき赤に変わる。
「もしまずかったら、口直しに苺のショートケーキを買ってください」
「あれ、この間『次はモンブランにします』って言ってなかったか?」
「気が変わりました」
そう言うと、レオはゆっくりと俺に近づき、いつものように、左腕をそっと俺の首に回した。
俺には、夜にだけ会える銀髪碧眼の吸血鬼がいる。
そいつは今日も夢を見る。
いつの日か、愛する人と再会できる未来の夢を。
目を閉じた俺は、今夜も願う。
レオとマリさんの果てなき愛が、ふたりを引き合わせてくれますように、と。
【了】
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