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三沢君は「おっと……」と呟いて、私の驚嘆を封じるように口元で人差し指を立て、声を殺すよう合図した。ヒョロっと背の高い三沢君は、私の頭一つ分上から窓に顔を近づけて、廊下の様子を窺っている。彼の首元がグイッと眼前に近づき、私の心臓は激しく動いた。
(何この態勢!? 凄く近いんですけど!!)
不意に足音が近づいてきて、三沢君は私の頭上に手を乗せると「しゃがんで」と小さな声で言った。そう言う三沢君も扉窓の下まで身をかがめて、廊下を歩く浅井先輩から見えないように隠れる。
息を殺しているはずなのに、私の心臓の音が聞こえてしまうのではないかという程、激しい鼓動音を立てていた。まるで、三沢君に抱きしめられているのではないかと勘違いしてしまいそうな至近距離だ。
「まだあの先輩、『前世では夫婦』とか言って付き纏ってるんですか?」
「へ? あぁ、うん。そんなところかな」
急に質問されて我に返る。付き纏われているのも嘘ではないが、前世で夫婦なのも嘘ではない。事情を知らない三沢君は、私が一方的に迷惑していると思っているのだろうが、私達の関係を上手く説明出来る気がしなかったので、そういう事にしておいた。
廊下から先輩の足音が消えると、三沢君はゆっくり扉窓まで背を伸ばし、外を窺った。
「もう居なくなったみたいですね」
「良かった……」
こんなに隠れる必要も無かった気がするけど、とりあえずホッとして扉を開けようとすると、三沢君が急に私の手首を掴んだ。
「先輩、待って」
やっと収束したと思えていた鼓動が、急にまた跳ね上がる。
「な、何?」
「もし先輩さえ良かったら、俺が先輩のボディガードしますよ」
「ボディガード!?」
「はい。つまり、あの浅井とかいう先輩が井上先輩に付き纏わなくなるまで、俺が先輩を守ります」
「え!? いや、いいよ……そこまでは」
「俺じゃ嫌ですか?」
そう言った三沢君の瞳は、捨てられた子犬のような目をしていた。
(そこでそういう目をするのは、反則なんじゃないかな……)
きっぱり嫌だと断れなかった私はこんな感じで押し切られ、その日から三沢君は、昼休み・部活動前・登下校を、私と一緒に行動するようになった。
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