1.ボディガード

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 翌朝。登校前の忙しい時刻に、突然の来訪者を告げる玄関のピンポーンという音が鳴った。扉を開けた母親は、洗面所で歯を磨いていた私の元へやってくると、 「直緒、男の子が迎えに来てるけど……」 と言って困惑していた。私は思わず口の中の物をぶちまけそうになる。  昨日の下校時、家の方向が真逆なのにも関わらず、家まで送ってくれた彼に対して、「そこまでしなくても……」と言ったのだが、あれはほんの序章に過ぎなかったのだ。 「三沢君!?」 「井上先輩! おはようございます」 「お、おはよう……じゃなくて、ここまでしなくてもいいんじゃないかな!?」 「何を言いますか! あの厚かましそうなタイプには、このくらいした方がいいんですよ」 (厚かましい?)  確かに浅井先輩は厚かましかったが、今目の前にいる三沢君も大概じゃないのかな!? と、ツッコミたい気持ちを必死で抑えた。 「あの人が先輩に付き纏わなくなるまでの辛抱ですよ! 先輩」 「そ、そう?」 「そうです。井上先輩が俺と付き合ってるとわかれば、もう近づかないかもしれませんし」 「つ、付き合ってる!?」 「振りですよ、振り。先輩は他に勘違いされて困る人とかいるんですか?」 「勘違いされて困る人?」 「例えば……先輩の好きな人、とか」  そう言った三沢君は、またお得意の捨てられた子犬のような目をしていた。 いや、彼には自覚が無いのかもしれないが、私には何故かそう見えてしまうのかもしれない。 (だからその目はズルいんだって……) 「べ、別に困る人はいないけど……」 「良かった! じゃあ今日から先輩を、『直緒先輩』って呼んでいいですか?」 (うぉおい!!!)  さすがにそこまでは厚かましいと思ったが、三沢君の表情がこの上無く満面の笑みだったので、それ以上何も言えなくなってしまった。  基本的に三沢君はいい後輩ではあるので、恋人の振りがメチャクチャ嫌なわけじゃ無い。それに誤解されて困るような人がいないのも真実だ。ただ周囲の人間がこの状態を見てどう思うのかが、ちょっと面倒臭いなと思うだけで…… 「好きに呼んで」 「やった!!」  諦めの境地のような、根負けしたような形でつい、そう言ってしまった。しかしこの判断が、後に甘かったと思い知らされるのを、この時の私はまだ知らなかった――
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