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翌朝十時。私は浅井先輩との待ち合わせの為、最寄り駅の西口に来ていた。土曜日は、ここで待ち合わせをしている人が多いのか、駅はいつもより少し混雑している。
「先輩から計画したくせに、遅くない?」
腕時計を見ながらそうぼやくと、横から覗き込むようにぬっと先輩の顔が現れた。
「遅くねーよ。十時ジャストだろ? 集合時間ピッタリじゃねーか」
いつも通りの不遜な態度だ。先輩は紺のポロシャツにGパンといったカジュアルな服装で、手にはコーヒーの入ったテイクアウト用のカップを持っている。もしかしたら先に来て、近くのコーヒーショップで時間を潰していたのかもしれない。
「それじゃあ行くか」
そう言って先輩が歩き出したところで、後ろから「ちょっと待ったーー!!」という呼び声が聞こえる。振り向くとそこには、三沢君が大きめなリュックを背負い、走って来るのが見えた。
「はぁ!? 何でお前ここにいんの!?」
「直緒先輩の助っ人兼ボディーガードです!」
「ボディガードォ!? って何だよオラァ!」
先輩は三沢君の頭を両側から拳でグリグリする。「あ痛ててててて……」と呻きながらも、彼はこっちを見て笑うので、私も笑顔で目配せした。
「まぁまぁ、先輩。人手は多い方がいいじゃないですか。早く真相に近づけるかもしれませんよ?」
「しょーがねーな。足だけは引っ張るなよ」
結構ごねるかと思っていたけれど、意外にも私の提案をあっさり承諾した先輩は、気を取り直して改札へと向い始めた。それを私と三沢君が追う。
「あれ? 先輩達、一泊の割に荷物少ないッスね?」
「一泊? 今日は日帰りだよ?」
「えーーー!?」
三沢君が驚いて先輩を見ると、先輩は振り向き様にあっかんべーをしている。
「ちょ!!!!」
歯を剥いて今にも先輩へ殴りかかりそうな勢いを見せたので、私は三沢君の左手を掴んでギュッと握った。
「まぁまぁ。ああ見えてあの先輩、そんなに悪い人じゃないから。それに私は、三沢君が来てくれて嬉しいよ」
そう言って微笑む。それに応じるように、彼も満面の笑みで私の手をギュッと握り返した。
昨日三沢君と別れた後、県立図書館へ向かった私は、そこで改めて先輩から、今日の上地谷への日帰り旅行の日程を聞いた。そしてその夜、待ち合わせの場所と時間を三沢君へメールしたのだ。
前世では、頭を撫でることさえ口実が無ければ出来ない間柄だったけど、そんなのはもう嫌だったから。
「直緒先輩」
「何?」
「今度は邪魔者抜きで、二人だけで旅行行きましょうね」
「え?」
「おい、正室の後ろでイチャついてんじゃねーぞ!? 側室如きがぁ!」
大分前を歩いていたはずの先輩は、私達の声が聞こえたのか、振り返って三沢君に回し蹴りを入れる。それを寸ででかわした三沢君だったけれど、私と繋がれた手は決して離さなかった。そんな器用な彼を見て、私はお腹がよじれるくらい笑うのだった――
* * * * *
早朝、一人の尼が共の侍女を一人連れ、人目を忍ぶように上地の屋敷を訪ねようとしていた。
その足運びには焦りの色が窺える。一刻も早く、そして確実に。尼は度々、自分の住む庵からの道を振り返っては、誰も付いて来ていないのを確かめ、着実に前へと進んでいる。
「典徳院様、もしもの事あらば、私がお守り致します故」
侍女のあやは、懐に忍ばせた小刀の柄を握りながら、典徳院と呼ぶ尼を安心させるように言う。その彼女の気遣いに「すまぬな、急ごう」と言って典徳院はまた、先を急いだ。
(いち早く、これを尚龍様に渡さねば!)
胸元から少し見える書状の端を手の平で覆い、典徳院は祈った。この書状は、偶然手に入れたものだった。いや、正確に言うと典徳院の目に入ったのが偶然で、手に入れたのは本人に黙ってすり替えたからだ。内容が内容なだけに、すり替えたのが本人に気づかれれば、命が危うい。
(雲珠姫様ならきっと、これで尚親様の無念を晴らしてくださる!)
無事この書状を尚龍に届けられるよう祈りながら、典徳院は必死に上地屋敷へと急ぐのだった――
~第ニ章(三沢編)完~
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