「マンション9階」

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さとみはクラス委員を決めるときに、 消去法で選ばれた人間だった。 私はやりたくないから、 この子ならやってくれるんじゃない? そうそう、真面目そうだし。 クラスの大部分が そんな理由でさとみを決めた。 しかし、実際やってみればわかるのだが、 クラス委員長という身分は実に面倒でうとましく、 雑用を引き受けるたびに勉強する時間が削られていく仕事だ。 それに何より さとみの成績は下がり気味。 内申点がいくら上がろうとも、 肝心の勉強がおろそかになっては意味がない。 なるべく自分の負担にならないように立ち回り、 会話も仕事もなるべく最小限で終わらせる。 最近はそんなスタンスで 仕事をこなすようにしてきたが、 それでも雑用は降ってくるもの。 なんとか文化祭の出し物を 当たり障りのない「喫茶店」にまとめあげ、 自宅学習のために早めに帰ろうとしていたのだが、 カバンを取ったところで先生に呼び止められる。 「数原、すまん。一つ頼みがあるんだが。」 そこにいるのは担任の山岸で、 さとみの大方の雑用はこの教師歴4年の男から もたらされていた。 「悪いんだが、うちのクラスの安沢かなえの  マンションまでこの封筒を届けてくれないか?  お前の家は佐々木のうちに近いだろ?」 そう言って出してきたのは角2の茶封筒で、 山岸曰く、中には安沢のための大事な書類が いくつか入っているということだった。 「先生も文化祭の仕事で忙しくてさ、  吹奏楽の顧問しているから家に届ける時間がないんだ。  ついでに安沢の顔も見てきてくれると助かるんだが。」 さとみは内心「おいおい」と思いながらも、 表向きはいい顔を作りながら封筒を受け取る。 「わかりました、うちの近くのマンションですね。  何号室ですか?」 山岸はそれを聞くとホッとした顔をしながらも、 安沢は905号室に住んでいると答え、 ついでマンションの名前も教えてくれた。 「オートロック式だから解鍵してもらったらすぐ入れよ。  あの手のドアは時間が経つとすぐに閉じるからな。  あと、安沢は具合が悪いから少し気にかけてやってくれ。」 じゃあアンタが行けよ。 そんな言葉を飲み込んで、 さとみは「はい、わかりました」とだけ答える。 すると、山岸はこうも付け加えた。 「そうそう。最近は物騒だからな。  帰り道には気をつけろよ。  あんまり話し込んで夜遅くにならないように。」 あいも変わらずズレたところで注意をする。 第一、この安沢という子とは話したこともない。 みれば封筒はいくぶんか分厚く、 どうも一枚や二枚程度の書類ではない感じがした。 …まさか、退学届とか入っていないよね。 二学期に入ってから顔を見せない生徒だとは思っていたが、 退学にされそうになっているのならば、 書類を届けたさとみも気分が悪い。 だが、そんな重要な書類なら郵送にでもするだろう。 …考えすぎだ。 さっさと終わらせて家で勉強しよう。 そうしてさとみは軽く頭をふると、 山岸に愛想よく挨拶をし、 足早に安沢かなえの家へと向かうことにした。
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