「マンション9階」

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安沢かなえのマンションは 板状のチョコレートを横倒しにしたような 外見のマンションだった。 オートロック式なのは聞いていた通りだが、 共用玄関にある自動ドアの向こうには おしゃれなソファやテーブルが覗いていて、 「なんだか高級マンションっぽい」というのが さとみの正直な感想だ。 管理人室と書かれたドアには 「現在館内巡回中」と札がぶら下がっていて、 近くに管理人の姿はおろか人気もない。 共用玄関もひどくさみしく静かであり、 さとみはひとつため息をつくと、 インターホンのボタンを905と押し、 ついで呼び出しのボタンを押す。 ピンポーン 軽い音。 しばらく待つも…無反応。 チカチカと「お話しください」のランプがついてはいるが、 反応がないことには相手がこちらを見ているかどうかさえも怪しい。 「このまま帰ろっかな。」 しばらく待ったのち、 さとみはそうひとりごちる。 相手が何号室かはもう聞いているのだし、 いないのならポストに入れてしまえばいい。 幸い、共同玄関の端には 郵便受けの部屋があるので 該当する部屋番号に入れて仕舞えばいいだろう。 そうしてドアへと向かおうとした時、 スピーカーから声がした。 『…て、来て…』 「え?」 不意にかけられた声に、 さとみはインターホンを見る。 表示は未だに「お話しください」になっており、 そこからザザッという音とともに再び声が聞こえる。 『来て…』 同時に共同玄関の自動ドアが左右に開いた。 「え?何?」 だが、今度は無反応。 「…部屋まで来てってことかしら?」 さとみはいぶかしげに思いながらも、 この手の自動ドアはすぐに閉まることを思い出し、 ささっと中へと入っていく。
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