「カモメ」

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「カモメ」

1羽のカモメが日の沈みゆく ビルの屋上に止まっていた。 赤い瞳、羽先までの白。 尾の先端だけがわずかに黒いそのカモメは、 じっとビルの屋上から下界を見下ろしていた。 駅前のスクランブル交差点。 都会のビルから湧いてくる人々。 疲れた表情のサラリーマン。 スマホをタップする若者。 先を急ぐ主婦のOL。 そんな中で、河合雄二はひどい胸焼けを覚えていた。 いつもの通りの逆流性食道炎。 職場のストレスによる胸焼け。 赤字で埋められた書類にあきれた顔をされる日々。 遅延する仕事、いらだつ上司から浴びせられる罵声。 自分がいけないと思い直し居残りをするも、 残業代も出ずに結局周囲に迷惑をかける。 今日、1時間の残業で帰れたのは 半ば諦めまじりの判断でしかない。 仕事を持ち帰るのはやめましょう、 定時で上がりましょう。 社内の壁に書かれた注意書きにうんざりする日々。 段取りをよくしろよ。 こんなに人に迷惑をかけたのはお前が初めてだ。 お前は人の足を引っ張っているんだよ。 入社数ヶ月にしての抱えきれないハードワーク。 遅れ、挫折し、上司に頭を下げてぶつけられる言葉。 心が次第に重くなる。 いや、心だけじゃない体もおかしい、 最近じゃあ頭もおかしくなり始めたのかとすら考える。 最近見る妙な夢。 モノクロームの草の上。 綿の抜けた人形の手足がバタバタと風に揺れる。 どこからか聞こえる「春が来た」の幻聴。 甲高い女の歌声。 目がさめるたびに布団のまわりに髪が… 自分のものではない長い黒髪が落ちている。
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