「マンション9階」

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「マンション9階」

数原さとみは階段を降りていた。 下の階から立ち上ってくる、 トマトスープとスクランブルエッグの香り。 チンっという軽い音はトーストの焼きあがった音。 トントンという軽快なリズムはキュウリを切る音。 「お早う。さっさと支度しろよ。  この後すぐに仕事に出なくちゃいけないから。」 そう言って、兄の数原さとしは サラダを盛り付けた皿をテーブルに置くと エプロンを外し始める。 レースのカーテンが引かれた窓からは朝日が差し込み、 今日は暖かい日になる気がした。 「あーい」とさとみは半ばぼんやり返事をしながら フラフラと顔を洗いに行こうと洗面所へと歩き出す。 『…11日、午後6時頃に起きた殺人事件の  頭部を持ち去った犯人はまだ捕まっておらず…』 「うわわー、まあだ捕まってないんだ。  この手の事件て今週で5回目だっけ?  一昨日のもすごかったよね。  デイサービス施設で大量殺人って報じられて…」 パジャマ姿でのんびりトーストにかじりつくさとみに、 「肘つくな!」と注意を入れながら 兄のさとしは急いで上着を着る。 「じゃ、これから大学のバイトに行くから。」 「えー、今日は休みだって言ってたじゃん。」 むーっと抗議の声を上げるさとみに さとしはドアを開けながら弁解する。 「今朝方、遺体が担ぎ込まれたんだ。  下手するとこのまま一週間は帰れないかも。  冷蔵庫に昼分の飯も入っているから好きに食え。」 「ウエー、また出前と冷食の日々かー。」 「たまには自分で作れ。」 そんな愛情あるやり取りの後で兄はバイトへと向かい、 さとみもブツブツ言いながら高校へと向かう。 7歳離れたさとみの兄は医学部の学生ではあるが、 将来彼が何になるのか、さとみは具体的に聞いたことはない。 まあ、医者になるんだろうなあとはぼんやりと思っているが、 成績優秀な兄は自分の道は自分で決めているだろうし、 とやかく何か言う必要もないと考えていた。
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