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鈴に気付いたナンシーが、碧い瞳をキラキラさせて手を振る。
「…先生?」
担任教師が照れながらサインして貰った手帳を胸に、ほっこり顔だ。
「鈴君のお母さん美人よね? しかもそっくりで」
そっくりでの処で鈴が米神をピクリとさせる。
「…母さんいつ日本に?」
「えっと~昨日着いて、お義母さんの所でお泊りして、かおるのお墓参りしてきて此処へ。や~んご機嫌斜め?」
「一言云って貰えれば迎えに行きましたけど?」
ナンシーはキョトンとして、ふふっと微笑した。
「鈴、そんなにママに会いたかったの?」
鈴は真っ赤になってグッと息を呑んだ。
「お帰りなさいのキスは?」
「へ? 此処で!?」
ダメ? とナンシーが悲しそうに見詰める。仕方なく鈴はナンシーの頬にキスをした。直後、黄色い悲鳴が遠くで聞こえたが、この二人にとっては蚊帳の外だ。
「ツーショットゲット」
スマホで写真を撮った一ノ瀬が、鼻息荒く興奮する。
「双子みたーい、綺麗な親子って凄いわ」
「細川の嫁になる奴ハードル高いな」
上村は生徒達の声を耳に何故か平片を思い出して舌打ちした。
「ぶえっくしょい!!」
「なんだ風邪か? 移すなよ?」
「ひで~」
平片は恵と机を向い合せにして昼食を採っていた。同じ敷地内にある中等科の校舎にも、広い食堂は在るのだが、中には弁当持参で来る者も少なくは無い。
「そういえば昨日叔母さんが来たんだ」
「おばさん?」
「うん。鈴のお母さん」
「ぐっ! げほげほっ」
牛乳を含んで咽た平片に、恵が大丈夫? と訊く。
「なんだって?」
「だから、鈴のお母さん。知ってるだろう? イギリス人のモデル。なんかね? テレビ出演があって日本に戻って来たんだけど、どうやら鈴をイギリスに連れて帰りたいみたいな事、おばあちゃんと話してた。鈴に聞いてない?」「な、なんだよそれ? 俺何も…」
平片が真っ青になる。
「……マジで? うわ、どうしよ。鈴まだ何も知らないかも…」
平片が携帯を手に着信履歴を確認するが、鈴からは来ていない。
「俺、ちょっと鈴の様子見て来る」
居ても立ってもいられない。平片が立ち上がった。
「うん、頑張って」
恵が頷いて見送った。
「鈴…大丈夫かな」
生徒会長としての任期があるから、鈴はイギリスへ行かないと思うが。ナンシーはこうと決めたら実行するタイプだ。息子に対してもいつまでも年頃の子供をひとり残しておくのは心配だろう。鈴の我儘を聞いて来たが、母親として子供の成長が見れないのは寂しいらしい。
十和子が難色を見せていたが、親子一緒の生活が良いのは十分理解しているので、ダメだとは云えなかった。恵は窓から見えた平片を眼で追い、溜息を零した。
平片は職員用玄関から高等科の校舎に飛び込んだ。
「なんだこれ」
邪魔な人だかりを掻き分けて、平片は鈴を見付けた。
「鈴っ」
振り返った鈴が双眸を見開き、隣に立つナンシーが平片を一瞥する。圧倒されそうな芸能人並みのオーラに、平片が頬を引き攣らせる。
「祐太、どうしてこっちに?」
「いや、ちょっと気になって」
恵の名前は控えた。じっと見詰めて来るナンシーに平片は汗を掻く。似た者親子にドキドキしながらも、平片はナンシーに頭を下げた。
「はじめましてっ平片祐太といいます」
「…お友達? 制服が違うけど」
高校の制服とデザインが違うので、不思議に思ったらしい。
「お母さん、隣の中等科の制服だよ。恵の親友で来月から此処に通うんだ」「ふ~ん。ま。いいわ。先生このまま鈴を連れて帰っても良いかしら? 久しぶりの親子水入らずですの」
「では早退で届けておきますね」
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