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「マコト……帰りが遅いのでお迎えに上がりました」
ギャングの悲鳴もお構いなく、鉄仮面メイドは抑揚のない声で自らが主人と呼ぶ少年に向け告げる。工場内へと差し込む陽光が、後光となってケイを包み込む。マコトは思わずその美しい雄姿を仰ぎ見た。
「誘拐される場合は、私に一言お願いします。捜索に手間取ってしまいます」
「……ケイ……ケイッ!」
マコトは誰憚ることなく涙をこぼす。あらゆる種類の喜びと、申し訳なさがない交ぜになって、熱い液体と化してマコトの頬を伝い落ちる。
「殺して……」
「なに!?」
一方、今度こそ笑顔の消えた婦警はギャングのリーダー格に命令していた。
「逃がせばどうなるか分かるでしょ……あいつを殺して! 早く!」
「……言われるまでもねえよッ! 畜生ッ!」
リーダー格含め、総勢四名のギャングたちが次々に手にした銃器を、大して距離も離れていないたった一名の少女メイドに向かって構える。
「この化けモンがああああああああああああああッ!!」
警告も威嚇もなく、瞬く間に開始された機関銃の一斉射撃。
すかさずケイは、十数メートルにおよぶ大ジャンプを披露した。彼女が直前までいた場所の周囲が、立て続けに鉛玉を浴びて火花を散らす。
「んなぁッ!?」
「――私は、メイドロイド・ケイ」
ギャングたちのすぐ目の前に優雅に着地して、ケイは言う。
「化け物ではありません。五十嵐マコトのメイドであり、そして……」
「うわああああああ!」
ギャングたちは、最後まで聞かずケイに至近距離から発砲を繰り返した。
だがしかし、銃弾という銃弾はガキンガキンと鈍い音を立てて、片っ端からケイの身体の表面で跳ね返るばかり。元からといえばそうだが、一連の攻撃は彼女の表情に欠片の変化も生じさせなかった。
とはいえ事情を知らないギャングたちは青ざめるしかない。
「ひ……ひ……」
「敵対行動確認。マスターガードプログラム発動。強制排除措置を講じます」
淡々とそう告げると、ケイはノーモーションで敵の只中に突貫した。不意を突かれたリーダー格と、その手下一名がまとめて撥ね飛ばされる。
「ぐえぇぇっ!」
「あ、アニキ!?」
「このクソアマがァァァァァァ!」
偶然目の前にやってきたケイ相手に、馬鹿の一つ覚えでひたすらに機関銃を乱射するギャング。当然、弾は全て跳ね返る。ケイは一ミリも動じる気配を見せない。そのギャングは撃ちながら怯えに支配され始めていた。
「なんで死なねぇんだよおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「私はそもそも、生きていませんので」
ケイは事もなげに言うと、飛来する銃弾に向かって真っすぐに突き進んだ。片手で相手の銃口を鷲掴みすると、もう片方の手を叩きつけて銃身そのものを九〇度にねじ曲げる。ギャングは一瞬唖然としてから、ひしゃげた銃を放り出して座り込み、後ずさった。
「ばッ、化け物ォッ!」
「ですから、化け物ではありません。メイドロイドです」
背後から、鉄パイプを振り上げた別のひとりが殴り掛かる。ケイは、今度はそちらを確かめもせず後ろ向きに跳躍し回避した。着地先は、裁断機の制御盤があった機器の目の前。そこについさっき、自ら投擲したばかりの銀色の給仕トレイが突き刺さっている。
ケイは制御盤からトレイを引き抜くと、そのまま全身で弧を描くようにして離れた敵目掛けて投擲した。軌道上に立っていたギャングのひとりが「えッ」という顔になるがもう遅い。
「ぐぎゃっ!」
ゴォンッ! と絶妙に間抜けな音がして、そのギャングは背中からひっくり返った。額を押さえてのたうち回る男を気にも留めず、跳ね返ってきたトレイをキャッチするとケイは立て続けに別のギャング目掛け投げつける。
「ひげぁっ!」
後ずさりしていた男が情けない声を上げ、無様に転倒。
再び手元にリターンしたトレイを引っ掴み、更に遠くを狙ってスローイン。
「待て、待て待て待て待てえげぇぇぁッ!?」
逃げ出そうとしていた背中にモロに命中し、蛙の潰れたような声が漏れる。三度トレイを捕捉したケイは、瞬時に次なる標的のサーチを開始する。
その時、彼女の背後で大きな物音がした。
「動くんじゃねえ、コスプレ女ぁ!」
「け、ケイ! あああ、熱っ熱っ!」
振り返ると、ギャングのリーダー格の男が縛られたまま倒れていたマコトを人質に取り、そのこめかみに銃口を突きつけてケイと対峙していた。散々発砲した直後のため、熱された銃口を押しつけられたマコトが、火傷の二次被害を負いかけている。
ところがそれを見てさえ、ケイは動揺する気配を示さない。
「これ以上変な真似してみろ……このガキを蜂の巣にしてやるぜ!」
「私は蜂の巣より、蜘蛛の巣の方が好きです。お掃除の際に絡め取りますと、ある種の達成感が存在するものでして」
「こんな時に何言ってんだお前!? 頭イカレてんの――かァッ!?」
「隙あり、です」
数メートル以上も離れた位置にいるハズのケイの右腕が、何の前触れもなくリーダー格の男の胸倉を掴んでいた。ワイヤーで連結した右上腕部が、肘の先から射出されていたのだ。異様な光景に、思わずマコトを捕えていたその手を離してしまう男。すかさず、ケイはワイヤーを巻き取って男の身体を引っ張り寄せると、お仲間の元目掛けて「お返しします」と言わんばかりに放り投げてしまった。
「うわぁーっ!?」
「あ、アニキアニキ来ないでぇぇぇぇげぇッ!」
ようやく立ち上がりかけていた手下三名だが、その頭上にリーダー格の男が予期せず降って来てパニックを起こしていた。そして無情にも、全員そろって直撃を受け、重なり合う様に地面に転がるギャング一同。
「……スペア、ですね」
右上腕を肘の先に再接続しながら、敵の混乱を眺めてケイが言った。
「てっきりストライクになるかと思いましたが……残念です」
「そもそも何を基準に判定してるの……?」
思わず真顔でツッコミを入れるマコト。それには特に答えず、ギャングたちへの関心を失ったケイは一直線にマコトの元に歩いて来て、彼を拘束していた縄を素手で引きちぎって自由に身にした。
立ち上がろうとするも足元の覚束ないマコトを、ケイは優しく抱きとめる。
「マコト、到着が遅れて申し訳ありませんでした」
「……いいんだケイ、ボクも悪かった。来てくれて、本当にありがとう」
「帰ったら、怪我の手当てをさせてください」
「うん」
潤んだ目で、殊勝そうに何度も頷き返すマコト。
ふたりはしばらく見つめ合っていたが、正気を失くしたような絶叫とともに物を蹴散らす音が聞こえて、そちらを振り返らざるを得なくなる。マコトは目玉が飛び出すかと思う程びっくりした。目の血走った例のリーダー格の男が、なんと肩にバズーカ砲らしき大筒を担いでいたのだ。
「殺してやる……殺してやる……ぶっ殺してやるーッ!」
「ど、どうしようケイ!?」
「下がっていてください、マコト」
「このアマ……売女……クソメスブターッ!」
「言語能力から知能指数を推定……およそ五〇」
後ろ手に、マコトを物陰へと退避させながら真顔でそう宣告するケイ。
「参考になる生物を検索中……該当あり。チンパンジーです」
「誰がチンパンジーじゃコラぁ!?」
「ご安心を……オランウータンよりは上ですので」
「どの道サルじゃねえか死ねぇーッ!」
実際サルみたいなもんじゃないか、と内心マコトは思ったがそれを口にするより早く、男は絶叫を繰り返しながらバズーカの引き金を引いた。マコトは視認さえ間に合わなかったが、ケイは極めて冷静に砲弾の接近を感知すると手にしたトレイを一閃、軽々と明後日の方向にその一撃をはじき飛ばした。
「……ぁ」
砲弾の流れて行った先に、あの婦警がいた。
離れて推移を見守っていたが、不利と見做してギャングのワゴン車を奪って逃げようとしていたのだ。だがもう後の祭り。驚愕の顔を浮かべた次の瞬間、砲弾が命中し婦警ごとワゴン車は粉々に吹き飛んだ。
吹き付ける熱風と灼熱の光に、ギャングたちはしばし呆然となった。
「じゅ……ジュン……ジュンーッ!」
真っ赤な爆炎に飲み込まれた恋人の名前を、今更になって絶叫する男。ほぼ自業自得の様なものだが、その矛先はケイへと向いていた。
「てめぇ、よくも……よくもジュンを殺りやがったな!? この人殺しがァ!」
「どの口が言うんだよっ!」
「ご心配に及びません。死亡の可能性はゼロです」
身勝手すぎるギャングの言い草に憤るマコトだったが、それでも尚、ケイの表情は変わらなかった。発言の意図が掴めないらしく、男はワナワナと震えて訊ね返すばかり。
「は……!?」
「私と同様……そもそも、生きていませんので」
理解を超えた発言に顔面をヒクつかせ、立ち尽くすばかりのギャング一同。ところがその時、膨張のピークを過ぎて縮小し始めた爆炎の中で、ガタガタと不気味な物音がし始めた。それに振り向いたギャングたちは、灼熱の炎にあてられているにも拘らず、一様に血の気が引いた顔と化す。
燃え盛るワゴン車の中から、首や手足が奇妙な方向へとねじ曲がった婦警が這い出して来ていた。半ばよろめく様にして、一歩一歩前進する婦警。火炎で燃え落ちた顔面や手足の皮膚のあちこちから覗いていたのは、ギラギラと輝く金属質の骨格だった。
半分以上溶けたような状態になりながらも、尚も奇怪に笑む婦警……いや、婦警ロボ。マコトの言った通り、彼女はロボットだったのだ。
「ケケ……ケケケケケケケ……」
「ジュン……なんでお前……ロボッ……!?」
「あ、アニキどうなってんですかコレ!」
「俺にも分かんねえよッ」
「あラ……どうシたの……? そんナに怖がルことナイじゃなィ……?」
現実認識が追い付かず悲鳴を上げ続けるギャングたちを、本性を現した婦警ロボの眼差しが捕捉する。
「ひ……ッ!」
「あたシ……キレイでしョしョしョ……?」
金属骨格をガチガチと打ち鳴らして笑う婦警ロボ。ギャングたちはいよいよ恐怖に耐えられなくなり、絶叫したり失禁したりしながら、我先にと工場から逃げ出していった。
何もせずそれを見送った婦警ロボは、首を一八〇度回転させると四つん這い状態になり、さながらゴキブリのような動作でガサゴソとケイたちへの突撃を敢行した。
「ケェーケケケケケケケケケケケケェーッ!」
予想を上回る速度で突っ込まれ、回避しきれないケイ。体当たりを喰らったことで初めて棒の様にひっくり返り、ケイの上半身の関節付近から火花が飛び散った。もはや人域を超越したこの戦いに、マコトはただ隠れて息を呑むことしか出来ない。
「ケイッ、大丈夫か!?」
「隠れていてください、マコト」
ケイはその場で立ち上がると、目線だけで、工場内を這いまわる婦警ロボの追跡と捕捉を開始した。再び敵が目の前に飛び出してきたその瞬間正拳突きを見舞い、工場の壁目掛けてその体を叩きつける。地面に落下した婦警ロボから思わず呻き声が漏れた。
「ゲギギギギッ」
この機を逃さず、ケイはまたしても大きく後ろ向きにジャンプした。着地先は最初にケイが立っていた、落下した廃材の山の近く。そこにあったカバンを開け放つと、五十嵐邸で使っていた例のアンティーク調のポットをひとつ取り出し、まるで注ぎ口を銃口に見立てるかのように、敵に向かって真っすぐ突きつけた。
「プラズマポットガン、レディ」
そのポットは外観と裏腹に、特殊合金で形成されていた。ケイの右腕を伝いポット内部へとプラズマエネルギーの注入が開始される。今この瞬間、ケイが持ったポットは彼女の内部にある動力機関と直結しているのだ。
その間、よろめく様に起き上がってきた婦警ロボが怨嗟の声を上げる。
「グギギギギ……あんタのせィで男に逃ゲラれちゃったジャない……割と気に入っテタのにィ……」
「それは、残念です」
エネルギーのチャージ率が一二〇パーセントに達した。ポットの先端部から青白い光が溢れ出す。殆んど同じタイミングで、婦警ロボがケイ目掛けて這うようにして突っ込んできた。
「責ニンとんナさいヨォォォォォォォォォォッ!」
「――これが、メイドの土産です」
婦警ロボへと照準をロック。怒り任せに跳躍し、方向転換の出来なくなった瞬間を狙って、小型のプラズマ集束弾が撃ち出される。
「どうか、お受け取りを」
地獄の妖魔が最期に目にしたもの。それは全てを焼き尽くす青白い太陽の姿だった。婦警ロボが爆散し、この世ならざる断末魔が灼熱の中に轟いた。
「ギエェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!?」
照り返す光に染められてなお、鉄仮面を崩さぬケイはもはやどこか超越的でさえあった。守られる側にとってそれは、多大な安心感に繋がった。
「よかった……よかった、ケ……イ……」
ケイの勝利をその目で見届け、今度こそ安堵するマコト。
しかしそれと同時に、緊張が途切れたことで長く耐えていた痛みと疲労とが洪水の様にドッと押し寄せてきた。マコトの意識は、瞬く間に深い闇の中へと沈んで消えていった。
* * *
カラスの鳴き声が四方八方から聞こえてくる。
マコトがようやく気が付いたその時、彼はケイの背中の上で揺られていた。顔を上げるとそこは、昼間に誘拐現場となった団地近くの坂道だった。今や、ケイのメイド服共々すっかり夕焼け色に染まっている。
全身に伝わる柔らかな感触と、ほのかな温もり、匂い。その正体をマコトが知った瞬間、元はオレンジ色だった顔がカアッと別の色へ変化していく。
「け、ケイ……」
「気が付きましたか、マコト。今日はよく一人で頑張りましたね」
「う、うん……それはいいんだけどさ、これじゃまるで小さい子供……」
「今日の晩ご飯は……マコトの大好きなカレーに致しましょう。頭部に銃撃を受けたお陰で、飛んでいた記憶が甦りました。もう紅茶とクッキーばかり食べなくても宜しいのですよ」
「……恥ずかしいから下ろしてよ。流石にもう自分で歩けるから……」
「いや、カレーではなく肉じゃがでしょうか? あるいはオムライス……」
「自分で歩けるから、下ろして!」
「いや、やはりカレーライスですね。無事のお祝いは大好物が一番です」
この時点で、マコトは抵抗を諦めた。実際その気力もなかったのだ。溜息と共にケイの背中に顔を埋める。悔しいことだが、本当に妙に温かくて、そして心地よかった。
「……今日は本当にごめん」
「私がマコトを助けるのは、当然のことです」
躊躇の欠片も見せること無く、ケイはそう言い切ってみせた。
「私は、マコトのメイドであり……そしてまた、お姉ちゃんでもあるのです。お姉ちゃんが弟を助けるのに理由は要らないと、再三申し上げている筈です」
「だッ……、誰がお姉ちゃんだ!」
動揺するマコトは今度こそ上体を起こしてケイの背から降りようとするが、どうにも力が入らず思うようにいかない。だからせめて、声だけでも精一杯の抗議の意を示す。
「何度も言ってるだろ、ボクはまだ認めたつもりないんだからな!」
「まだということは、いずれ認める余地があるということです。お姉ちゃんは嬉しいです……また一歩、五十嵐珪子に近づけたのでしょうか」
「……う、うるさい……うるさい……!」
マコトは我慢しきれずに、真っ赤になった顔を誰かに見られないよう小さく俯いた。これだから毎回調子が狂ってしまうのだ。
そう、ケイは数年前に亡くなったマコトの実の姉――五十嵐珪子に瓜二つな容姿をしていた。その事実が彼に、この献身的なメイドロボットに対し素直に振舞うことを拒絶させているのである。
「見てくださいマコト、夕日が夜空の星々と共演しています」
マコトの気も知らず、ケイは呑気に星空など眺めはじめた。
「貴重なひと時です。あちらでは、月の近くに宵の明星が輝いています」
「……ふん」
「月がきれいですね」
「……は!?」
「あ、失礼しました。月『も』きれい、ですね」
「やっぱりワザとやってるだろ!?」
「すみません、聞き取れませんでした」
「ああああもうこのポンコツアホメイド――――ッ!」
「ツンデレですね、マコト」
「うるさ――――い!」
いつまでも賑やかなふたりを、天に輝く星々が温かい目で見守っている。
これは、このちょっと風変わりな街を舞台に繰り広げられる姉と弟、少女と少年の心のドラマである。
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