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 住宅街から都心部に向かって歩く最中、マコトは要介護者風の老人を車いすに乗せて歩くディアーロイドの姿を見つけた。一見すると六十代過ぎの祖父と二十代前半の孫といった風体。しかし華奢な外見に反して非常に力持ちなのがディアーロイドの特徴である。  車いすを押す女性は流暢に受け答えしながらも車いすを押す速度が落ちることはなく、受け答えの精度から見ても最新鋭機のマーク4だろうとマコトは思った。世代を重ねるごとにディアーロイドの馬力と人工知能はグレードアップしているのだ。 「みんな優秀だなぁ……どうしてウチのロボットは、ああポンコツなんだろう……いつもいつも、頭のネジが外れたようなことばっかり……」  交差点で立ち止まった機会に、マコトは改めて周囲を見回す。  武骨な外見の工事用ロボに、街頭を自動清掃するダストボックスドロイド、滑らかな曲線で構成されたボディの前面にタブレットディスプレーを搭載した道案内用のコミュニケーションロボ。  ここ多摩ロボットシティはその名が指し示す通り、市街の至るところが多種多様な姿のロボットで溢れ返っていた。正式な都市名となったのが約十年前、俗称だった期間も含めれば成立から二十年が経とうとしていた。 『多摩ロボットシティ――そこは人間と、無数のロボットたちが共に生活し、二十一世紀の新たな地平を模索する、未来型都市――』  壮麗なBGMと共に、耳のこそばゆくなるようなナレーションが当の未来型都市の街頭いっぱいに響き渡る。ショッピングモール外壁に埋め込まれた大型モニターに、広い山地で囲まれたニュータウン風の街並みがでんと映し出されている。 『いま話題の最新機種・ディアーロイドMark.4についても大特集! ロボット開発に携わってきた企業のトップに、話を聞きに行った!』  マコトが立ち止まってモニターを見上げていると場面が切り替わり、無数の装置が並ぶ工場の風景をバックに、見た目は二十代半ばぐらいに見える企業の女性代表・ルーシィ飛鳥の姿がパッと映し出される。マコトの心臓がたちまちちょっとだけ早い鼓動を打ち始めた。 『「少子高齢社会……ロボットなくして人間の未来は語れません。介護や育児の手伝いに終わらず、いずれはロボット一体一体が、人間と変わらず社会に参画出来るような……」』  インタビュー映像を抜粋して繋ぎ合わせたものだったのだろう。彼女の姿はそれきり映らなくなったが、マコトには充分過ぎるぐらいだった。 『大特集・多摩ロボットシティ! 今夜七時ッ!』  ハイテンションな男性ボイスで数十秒の番宣は締めくくられる。  マコトはフゥッと息を継ぐ。自分でも知らない間に息を止めてまで見入っていたようだ。自分が生まれてからずっと住んでいる街が、外部の人々からどう見られるのか、単純に気になるというのもあるし、一番はあのルーシィ飛鳥の姿を見られたのが大きい。彼女はマコトにとって女神なのである。  交差点の信号が青になり、マコトは再び歩き出す。ショッピングモール前を通り過ぎ、モノレール沿いを街の西側にある集合住宅地帯へ進む。古びた団地が多くある場所だが、このルートが行きつけの中古パーツ店への近道なのだ。そこで夕方ぐらいまで時間を潰そうと考えていた。 「――あのっ、大丈夫ですか? もしかしてお怪我か何かされてるんですか?」  その時ふと、声につられて歩道の端にいる二人組の姿が目に入った。一人はボーイッシュな見た目をしたマコトと同年代ぐらいの少女、もう一人は桃色のエプロンを身に着けた二十代後半ぐらいの女性。  もしや、とマコトは直感する。  やがて見ていると、エプロン姿の女性の方が覚束ない足取りなのが分かった。やけに下半身をフラフラさせており、数歩歩いては崩れ落ち、立ち上がろうとしてはまたその場に崩れ落ち、という動作を何度も繰り返している。 「すみません、どうかしたんで……ってなんだ、誰かと思ったらカオルじゃないか。どうしたのさこんな場所で」 「あれっ、マコト!? まあいいわ、丁度いい時に来てくれた……ちょっと手ぇ貸してもらえる? この女の人、さっきからずっと危なっかしくて」  見るに見かねて、二人の元に駆け寄ってみたマコトだが、何のことはない。片方はマコトもよく知る幼馴染みの少女・栗原カオルであった。  黒髪の短髪ポニーテールにグレーのスウェット。洒落た濃紺のジャケットを羽織り、腰から下は青いズボンで細身な印象を際立たせている。その日はまたいつにも増してカジュアルな印象だった。 「なんか、車に轢かれちゃいそうで放っとけないのよね」  カオルにそう評されたエプロン女性は、さっきからずっと右膝の関節を手で押さえていた。一瞬何か異様な音が聞こえて、マコトはすぐ大体の事情を察知する。 「……あなた、ロボットですよね?」 「テクノシッター社所属の第二世代型ディアーロイドで製造番号はSE21-X、通称・リョーコです。星森ひかるちゃんのお世話担当として本日午前九時より派遣されています」 「あれっ、そうだったの?」  カオルがひとりだけ拍子抜けしたような声を上げる。 「……あ、本当だ。よく見たら電源ランプと接続ポートがある」 「いやいや気付こうよ、ボクと一緒で十年以上も街に住んでるんだからさ」 「ごめん。だってちょっと焦ってたから」 「まあいいけどさ。心配してた証拠なんだろうし」  介護・育児の補助を主目的とする汎用アンドロイドとして開発されたディアーロイドは、ユーザーの心理的抵抗が少ないよう極めて人間そっくりに作られている。  彼らを人間と区別するための特徴のひとつが、額や胸元など、身体の何処かに装着された宝石状のランプパーツ、通称カラータイマーである。逆にこれがなければ、事情を知らない人間には彼らをロボットと見分けることが難しい。ディアーロイドという名称には「人間の親愛なる友人」といった意味が込められていた。 「右足の調子が悪いみたいですね?」 「右脚部、関節部より異音を感知。出力が安定しません。運動機構が一部破損している恐れあり」 「最後にメンテナンスしたのはいつ?」 「今日から遡って、五年三ヶ月と十日前です」 「……そりゃ故障するのも無理ないよ。ディアーロイドは精密機械だってのに何考えてるんだ」  自分で言ってから、マコトの脳裏に一瞬ケイの顔がチラついた。記憶回路の故障をずっと黙っていた彼女。それに気付かなかった自分。マコトは考え込みそうになるのを慌てて振り払った。今は一先ず、ケイのことは後回しだ。 「あなたの所有会社、ちゃんと休ませてくれてるんですか?」 「現在まで、五百四十日間連続稼働中です」 「……少しだけメカをいじるけど、我慢してくださいね。なんとか立てる様になればいいんですけど」  言うが早いかマコトは常時身に着けている腰カバンの留め具を外し、中から携帯用のミニ工具や電動器具など一式を取り出すと、テキパキとその場に広げ始めた。一方カオルはそれを、固唾をのんで見守っている。 「どうかなさったんですかー?」  ふと背後の方から絶妙に胡散臭い声がして、マコトは振り返る。  警官の制服姿の女性がひとり、小走りで近づいてきていた。何だか見覚えのある人物だと思って目を凝らすと、ここへ来る途中の出来事を思い出して合点がいった。先ほど、何やらガラの悪い若者数名が路肩に停めたワゴン車の前で婦警と話し込んでいる場面を見かけたのだが、彼女が確かその婦警だ。  このところ全体的に街の治安が悪化してきており、一瞬警戒したのだが特に大事に発展するでもなく、ワゴン車が走り去ったので内心ホッとしたのを覚えている。この辺が彼女のパトロール地区なのだろう。  マコトはポケットのひとつから手帳を取り出すと、手慣れた仕草で身分証のページを開き、婦警に差し出して言った。 「シッターロボが足の関節壊して動けなくなってるみたいなんです。この場で応急処置します。一応ボク、一級アンドロイド整備士資格持ってるんで」  婦警は小型スキャナで身分証を読み取ると、納得したように頷いた。 「たしかに正式な身分証ですね。念のため本部とも照合して、このロボットの所属会社にこちらで連絡を入れるようにしておきます」 「お願いします」  シッターロボのリョーコの延髄部にもスキャナをかざした婦警は、間もなく誰かと電話をし始めた。  別に一刻を争うという事態ではないにせよ、ここで説明に手間取ると余計なストレスを抱える羽目になるため、一発で納得してくれたことは幸いだった。マコトが再び作業準備に戻るのを見て、カオルもやっと少し安心した顔つきになってきていた。 「相変わらずテキパキしてるわね。流石はロボット専門ドクターって感じ」 「ボクのはまだ整備士資格だから、ロボットドクターとは厳密には別で……」 「いーのよ細かいことなんか。どっちみち、この場で直せるなら似た様なモンでしょ。そんな工具セットまで肌身離さず持ち歩いてさ」 「最低限の道具しかないから応急処置限定だけどね」  互いの父親が二人の生まれる前から友人というのもあり、家族ぐるみで交流してきたカオルとは、四六時中行動を共にしていた所為かあまり性別の垣根を感じたことが無かった。ざっくばらんなやり取りが平常運転である。 「そういえば今日、ケイさん見てないけど……別行動? 珍しいわね」 「あいつのことは今どうでもいいじゃないか……あ、ごめんカオル、この場所ちょっと押さえてて。両手で作業したいからさ」 「はいはい、ここ?」  カオルに手伝ってもらいつつ、リョーコの膝関節部のねじを回して手際よく外装を取り外すと、露出した内部メカにライトを当てて患部の状態をチェックする。内部から漂う、むわっとした油臭さに顔をしかめつつ、金属光沢の中にハッキリと現れた黒い稲妻のような軌跡を認めて、マコトは自分の予想が的中したことを悟った。 「……シャフトが摩耗して亀裂が入っているんだ。これじゃ圧力が逃げて当然だよ。待っててくださいね、すぐ終わりますから」 「どう、直せそう?」 「立てるようにはしてみせる。あ、顔近づけないで。危ないの使うから」  マコトはカオルを少し下がらせると、作業用のミニゴーグルを装着し、小型レーザーメスを起動。リョーコの膝関節内にあるシャフト部分に応急用の金属片をあてがい、光熱を照射した。極度の疲労でひび割れたその箇所が、あっという間に白熱し溶接されていく。  カオルが呆気にとられて見守る中、マコトは冷却材を少量噴霧して硬度を微調整すると、継いだ部分が固着したのを確かめてのち、再び膝関節部の外装をはめ込みねじを締め直した。 「これで何とか立てるハズです。ただし歩く時は極力、左側に重心をかけるように調整してください。それと後で、改めてちゃんとした修理をして下さい。これは単なる応急処置に過ぎないので」 「さっすが。マコト、カッコいい!」 「痛っ!?」  まるで自分のことの様に喜んだカオルが、背中をバシッと叩いてくる。一瞬驚いたものの、マコトは遅れて苦笑した。 「よしてよ、もう」 「ありがとうございます。本当に助かりました」  頭を下げて礼を言う育児ロボ・リョーコ。実際、マコトがこの場に到着してから修理の完了まで、ものの十分と経過していない。これほどの手際ならそれこそ素人にも、ハッキリとその腕前を理解出来るだろう。  と、そこへ先程の婦警が笑顔で戻ってくる。 「彼女の所有会社と連絡がとれました。正式なメンテナンスチームを、速やかにレンタルユーザーの家まで手配するそうです」 「そうですか……協力して下さって助かります。ありがとうございました」 「万が一ってのもあるだろうし、ウチはこのロボットを家まで送っていくことにするわ。マコトはどうする?」 「散らばした道具を片付けなきゃいけないし、先行っててもらえる? 後からすぐ追いつくからさ」 「うん、分かったわ……悪いんだけど、こいつのことくれぐれもよろしくね。パパにはウチから言っておくからさ」  カオルに話しかけられた婦警は、軽く敬礼して直ちに了承する。 「万事お任せください、お嬢さま」 「じゃ、また後でね」  カオルは笑顔で手を振りながら、ロボットのリョーコを伴いその場を離れて行った。カオルの父親はこの街の警察署長である。小さい頃から父親にくっついて警察署に出入りを繰り返していたため、カオルは街中の警官から親しみを込め「お嬢」と呼ばれているのだ。  カオルの姿が見えなくなると、婦警がマコトに話しかけてきた。 「君、偉いね。まだ中学生ぐらいなのにあんな適格で、しかも素早く処置するなんてさ。カオルお嬢さまにも、カッコイイって言われてたね」 「カッコイイ、か……本当は、そんなこと言って貰う資格、ボクにないんですけどね」 「どういうことかな?」  婦警の質問に、路上に広げた工具類を片づけるマコトの手が一瞬止まる。何も無い空間へ視線が彷徨う。言おうか言うまいか。しかし、自ら思わせぶりにしておいて何も明かさないというのもどうだろうか。 「……ウチにもひとりだけいるんですよ、ロボットのメイドが」 「そうなんだ。まあ、この街じゃ珍しくはないね」 「だけどボク、そいつに何かと冷たくしちゃってて……さっきも丁度、ボクがメンテを放置してた所為でトラブルが起きたんですけど、下らない八つ当たりして逃げて来ちゃったんです」 「へえ……君みたいな子が、どうして?」 「……そいつ、そっくりなんです。ちょっと前に死んじゃったボクの家族に」 「ごめんなさい、聞いちゃいけないことだったかな」 「いえ、いいんです別に」  すまなそうな顔になる婦警に、マコトは慌てて首を横に振ってみせる。 「身の丈に合わない評価されて黙ってるほうが、よっぽど気持ち悪いから」 「ふうん……君って変わってるねぇ」 「よく言われます」  苦笑してはみせたものの、マコトの視線が僅かに下を向く。 「まあ、似てるっていっても見た目だけなんですけどね。中身は全然別です。その所為でどう接したらいいのか、分からなくなることが多くて」 「愛憎ってやつ? そう簡単に割り切れる問題でもないだろうしね……」 「ただ、さっき見ず知らずのロボット直してて気が付いたんです。少なくともボクは、そういうのを言い訳にしちゃいけないんだなって」 「整備士資格を持ってるから?」 「それもありますけど……単純に信頼関係の問題です。ロボットってのは結局ボクら人間を信頼しきっているんです。だから、あんなに休む間もなく働かされても疑問ひとつ持たない。もしもロボットに不調が生じるとしたら、それは人間自身が負った責任。彼らを故障させるっていうのは、彼らに対する信頼の裏切りだと思うんです」 「ふうん……なるほどねぇ」 「ウチのメイドも四六時中故障してますけど、大概はボクを守ってくれようとしたことが原因なんです。過保護にされて、鬱陶しく思うことも多いですけど……それでもまあ、助けられてるのは確かだから。せめてそれぐらいは報いてやらないとなって」  我ながら言っていて都合の良い話である、とマコトは思った。けれども見ず知らずのロボットにあそこまでしておいて、普段世話になっている身近な存在を雑に扱うのは筋が通らない、と感じたのも事実だった。  次第に饒舌になっていくマコトを見て、婦警は興味深そうに首肯する。 「流石は、五十嵐マコトくん……隠したつもりでもあの五十嵐夫妻の息子だけあって、ロボットに対する情熱は人一倍なんだねぇ」 「ええ、それもありま――えっ?」  不意に、背筋がヒヤッとしたような気がした。  思わず目の前にいる婦警の顔を見る。一見若くてみずみずしい相手の顔が、瞬時にのっぺりとした鋼鉄の仮面に変貌したような心持がした。  マコトは少しずつ後ずさりする。鼓動が言い知れぬ不安によって急加速し、自分の唾を飲み込む音さえもが異様なまでの大音量に変換される。 「あの……ボク……両親の話しましたっけ」 「あら? さっき身分証を見せてくれたじゃない。この街でロボットに詳しい五十嵐っていえば、誰だってすぐに分かるよ」 「な、なんだ……そうですよね」 「それにね」  緊張がほぐれて大きく息を吐いたマコトに、振り返った婦警が言った。 「君のことは、ご主人様によーく聞かされているから」  今度こそ本当に、マコトはゾクッとしたものが内側から湧き上がってくるのを感じた。にんまりと笑った婦警の瞳は、比喩ではなしにギラギラと光り輝きそこに宿る邪悪な意思の存在を露わにしている。 「出来るだけ苦しめてから、地獄の底まで連れて来いってね」 「……ッ!」  逃げ出そうとした瞬間、背後からガバッと手が伸びて来て、マコトの口元がハンカチで塞がれる。驚いて抵抗しようとするが、鼻と口の中に広がってくる異様な匂いに意識が飲み込まれていく。  遠のきかける意識の中でマコトが辛うじて目の端に捉えたのは、下品なニヤニヤ笑いを浮かべる数名の若者たちの姿だった。それは、少し前に婦警と話をしていた例のワゴン車のメンバーだったように思えた。  マコトの世界は闇の底に沈みこんだ。
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