芽生え

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出会った時の桜は散り、日が高くなった頃には一緒に空を眺めながら星を探した。涼しい風が吹き始め過ごしやすくなった季節を迎えた頃には、互いに惹かれあっているのが言葉を交わさずとも分かっていた。それはまるで日陰で誰にも見つけられなかった小さな芽が芽吹いたかのようだった。 「周さん、もうすぐですよ。」 「そんなに走ると転ぶぞ。分かったから、前を見て歩け。」 周の方を向きながら前を歩く清一郎に、周は注意するように声を掛けるがその表情は少し笑っていた。 清一郎は数ヶ月前の約束を果たす為、学校終わりに周を連れて裏山に来ていた。 まだ16時頃とはいえ、空は淡いオレンジ色に染まっていた。急がなくてはそのうち日も暮れてしまう。何より早く周に桔梗を見せたいという気持ちがはやり清一郎は早足で先を行く。 先に図鑑などで桔梗を見せてもよかったのだが、せっかくだからとこの日まで周には桔梗が一体どのような見た目をしているのか知らせずにいた。 「周さん、この花です!見てください、僕ちゃんとこの辺りに桔梗が咲いているのか確認してたんですよ。」 清一郎は少し開けた場所に来ると、辺り一面に咲いている桔梗を周に見せた。 青紫色の花弁が、風に吹かれて楽しげに揺れている。後ろに見える空はおぼろげなうろこ雲を朱に染め、反対色のような効果を生み互いに美しさを引き出していた。 「これが……桔梗…。」 「どう…ですか?」 周は初めて見る景色に感動を覚えた。 そして、嬉しそうに、どことなく不安そうにこちらを振り返る清一郎の美しさに息を飲んだ。 「…っ!……あぁ、綺麗だ。」 その言葉に清一郎は嬉しそうに微笑むも、少し頬を染め足元の桔梗へ視線を逸らした。まさか自分に対する賛美だとは思いもしなかったため、あぁこんな素敵な表情をさせるなんて。と、桔梗を羨んでいた。 「そ、そうだ!一つだけ摘んで栞を作りましょうか?僕、押し花得意なんですよ。」 はっとした清一郎は恥ずかしさを誤魔化すようにそう提案し、綺麗な花を探し始めた。 「それなら、ここの花なんてどうだ。」 「えっ、どれですか───」 周の声に振り返ると思ったよりも近い距離にあった顔に清一郎は驚く。自分の姿が映って見える瞳に吸い込まれるように動けなくなった。 「………。」 「……………。」 数秒間の沈黙に、清一郎は時が止まったかのような錯覚を覚えた。自然と近づく唇は相手が迫っているのか、はたまた自分が吸い寄せられているのか。 答えを出す前に清一郎の瞼は閉じられた。微かな土と桔梗の香りが鼻を掠める。 「…ん……っ───」 確かめるような拙さで周は清一郎の唇をなぞった。たどたどしく数度繰り返された後にゆっくりと唇が離れる感覚に、清一郎は名残惜しそうに目を開けると、そこには夕暮れに負けない程顔を赤く染めて視線を逸らす周の姿があった。恐らく自分も同じような顔をしているのだろう。 「……帰るぞ。」 「あ、待っ──」 「栞を作ってくれるんだろ?それに、日も暮れる……暗い中山道を降りるのは危ない。」 背を向けて帰ろうとする周に機嫌を損ねてしまったのかと慌てた清一郎だったが、周の右手に握られた桔梗と差し出された左手に心が温まるのを感じた。 「はい…っ!」 周の不器用な優しさに微笑みながら清一郎は右手を添えた。
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