0人が本棚に入れています
本棚に追加
桜の花も散り始めた頃、清一郎はすっかり見慣れた植物だらけの研究室でレポートを書いていた。
今日は敷教授が研究用の植物の買い付けに行っている為温室が使えない。
だからと言って帰る気にもなれず、清一郎は課題を進めていた。
元々気さくな敷教授とはすぐに打ち解けたものの、相変わらず周との距離は縮まっていない。はっきりとしたことは分からないが、どうやら周は華族──金持ちが嫌いらしい。
教授の前でもほとんど笑っているところは見た事がないが、清一郎に対しては接し方もどことなく冷たい気がするのだ。
(あ……紙がなくなっちゃった。)
レポート紙が半分ほど足りなくなってしまった。清一郎は、確か事務室の前に置いてあったはずだと研究室を出た。
「あった。……あ、」
「………。」
事務室の前まで来ると、周が立っていた。次の研究で使う種の申請をしていたらしい。周は清一郎に気が付いたようだったが、何も言わずに申請用紙にペンを走らせている。
無視されたと分かり挨拶をするべきか迷っていると、研究室とは反対の廊下から学生二人組が歩いてきた。二人は清一郎を目に留めると、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてわざとらしく話し始めた。
「おい、見ろよ。あいつ近衛家の──」
「あいつか、華族なのに土いじりなんて平民の真似事してる頭のおかしい次男坊ってのは──」
「あぁ。まったく、俺たちの身にもなって欲しいよなぁ?華族の品格も落ちちまう。」
いつものわかり易い陰口に、清一郎はまたかというため息と共に視線を下げた。
「──お前ら。文句があるなら直接言え、俺が相手してやる。」
「え──?」
過ぎ去るのを待とうと目を瞑った清一郎の頭上から、凄みを含んだ声が降ってきた。
清一郎が顔を上げると、周が学生たちを睨み付けていた。
睨まれた学生たちは怯んで早足でどこかへ行ってしまった。
周はそれを一瞥すると、研究室の方へと行ってしまう。清一郎は慌てて後を追った。
最初のコメントを投稿しよう!