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「──ろう、……せ、い──清一郎?」
「はっはい!、?」
名を呼ばれて、はっと意識を戻すと目の前で周が不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
(ち……近い…っ!)
思わず裏返った声に赤面していると、今度は心配そうな顔で周がこちらを見た。
「どうかしたのか?ぼーっとしてるなんて珍しいじゃないか、どこか具合でも悪いのか。」
そう言って額や首元に触れてきた。
「……っ!」
仲良くなって分かったことだが、周は普段あまり喋らない分スキンシップが人より多かった。勿論気を許した相手にしかしないのだが、清一郎の場合他人に触れられることに慣れていないため、いつもどうしていいのか分からなくなってしまうのだ。
「熱はなさそうだが……今日はもう帰るか?」
「いっいえ!その…大丈夫ですから、本当に。いつもの時間まで……居てもいいですか?」
早くなった鼓動を静めながら周に尋ねる。
「お前が平気ならいいが……ずっと気になっていたんだが、もしかして家に帰りたくないのか?」
「え、と…その──」
「いや、言いたくないのならいいんだが、早く帰れる日も何かと理由をつけてここに残っているからそうなのかと思ったんだ。」
「無理にとは言わない」と微笑む周に清一郎は、ずっと押し殺してきた気持ちを口にした。
「──うちは見ての通り華族です。格式も高くて品格を重んじています。だから僕みたいに、少し変わっている人間は他の人たちからの評価も低い訳なんですが……家でもそうなんです。僕には出来のいい兄がいて、兄さんは母さんの自慢の息子なのに、それに比べて何も出来ない僕がいるのが許せないんだと思います。父さんは僕に関心がなくて……。家を次ぐ長男でもないですしね。家族の事は尊敬していますし、育ててもらった恩も感じているんですが、少し……家にいるといたたまれないんです。」
清一郎が話終えると、周は黙って清一郎の頭を撫でた。その手の温もりに、清一郎は泣きそうになるのを必死で堪えた。
「金持ちだからって、なんでも上手くいくわけないよな。俺の親は貧乏でも俺を大学に行かせてくれた。本当に感謝してる…───まぁ、もう居ないんだがな。」
「あ……っ、ごめんなさ──」
「謝る必要はない。俺が振った話だ。両親は事故で亡くなったんだが、その時に大学も辞めるつもりだったんだ。金も払えないしな…でもそんな時に父の昔からの友人だった敷先生が、俺が残れるようにはからってくれたんだ。勉強は好きだし、学びたいことも沢山あったから、先生には本当に感謝している。」
清一郎は初めて会った時に敷教授が話していた周の事情というのを思い出していた。専攻が違うのにこの研究室の助手をしているのにも納得した。
「──それに、こうして清一郎とも会えた。」
手を伸ばしてそっと清一郎の髪を梳く周に、清一郎は胸の高鳴りを自覚しながら「僕も、周さんと出会えてよかったです。」と返した。
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