第二話

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第二話:グングニル皇国②  エルフ族は世界の再編成の直前に、ヒトが“無”の存在が具現化した際の姿に似せて、ヒトの一部がその能力と容姿を変化させた存在であるとされている。 固体に雌雄差は無く、時に、月の民とも呼ばれるエルフ族は、肉体は持っているが、魂とそれに伴う精神はほぼ不滅である。 しかし、肉体には物理的な限界があるため、自然界の木々や水からそのつど肉体を作り直している。 そのためか、精神的には争いを好まず、世界の混沌の中にあっても極めて穏やかである。肉体の限界寿命は約2000年といわれている。  また、エルフ族はその肉体の性質と、水と風に由来する生命の癒しや生育に関する魔法能力に長け、自然界に対する浄化能力を持っているため、エルフの住む森や湖等は肥沃な地になっている。  それ故に、エルフへ危害を加えることは、あらゆる方面からの生態系の秩序を乱す結果になるため、いままで禁忌とされてきたのである。  フラカストリウスは、エルフ族が持つ、その高いエネルギー源となりうる魂が欲しかったのである。  フラカストリウスは、ガロア帝国領土内とその周辺のエルフ族への弾圧を開始した。もともと、森や湖のほとりに住み戦闘意識が乏しいエルフらを弾圧することは容易なことであった。  エルフらの魂は、フラカストリウスの喉の渇きを十分に癒した。  ただ、ひとつ気がかりなことがあった。それは、エルフらを殺害する直前に、数名が言霊とでも言うのだろうか、『コーラルに危機』や『月帝の剣に危機』等の言葉を風に乗せるように呟いていたことであった。 そのことをマーリンに尋ねてみた。 マーリン: 「それは、エルフたちがよく使う意思伝達方法で、風にメッセージを乗せて、はるか遠方にいる仲間とのコミュニケーションを図る、いわばエルフ同士のテレパシーのようなものだ。」 フラカストリウス: 「では、コーラルとは何だ?」 マーリン: 「大海を隔てた東の大陸の北部にあるグングニル皇国、そして東の大陸の南東は広大な森に覆われている。 その広大な奥深い森の中に結界を張って作られた、もともとはエルフ族が月帝の剣を守護するために存在した国である。 その結界により、他の種族がその地に入ることは容易ではないであろう。 しかし、おそらく、今は月帝の剣はそこにはないぞ。」 フラカストリウス: 「では、月帝の剣とは何なのだ?」 マーリン: 「神々から伝わったとされる3本の剣のうち、一本は我ら人間族に、一本はホビット族に、一本は竜族に伝わったといわれている。  ここまでは、よく知られていることであろう。  ここからは、神々の時代の外典に触れることが許された、ごく一部の神官しか知らないことであるが、実はエルフ族にも一本の剣が託されていたのだ。  それは、我々が神と呼ぶ存在により託されたものではなく、“無”によってもたらされたものといわれている。 それは、“無”が、自分自身の力を持ち主が具現化するために作ったものであり、小ぶりで鍔を持たない直刀である。その剣の本当の力を“無”以外が発揮使用とする際には、そのものが“無”に認められなくてはならないとされている。 なんとも謎の多い存在だよ。」 スラカストリウス: 「聖剣を手に入れた私が、もし、その剣を手に入れて使いこなすことが出来たならば、世界征服・・いや、世界の破壊などたやすいのではないか?」 マーリン: 「確かに、そうかもしれない。しかし月帝の剣の扱いは、その性質上、聖剣を扱うより難しいぞ。 もし仮にそれを手に入れても、その剣を抜いた瞬間、おまえ自身がこの世から消え去ってしまうことも考えられる。 うかつに手を出さないことだ。」  そういわれたものの、限られた時間のなかで、自らの魂も聖剣も、この世と共に道ずれに出来るならば、これ以上の破壊はないのではないかとフラカストリウスは思っていた。  すでに、フラカストリウスの思考は常軌を逸したものになっていた。   所変わって、グングニル皇国の西海岸。 ここは大規模な港町で、漁業によって栄えている。 また、ホビット族の空中都市が時折停泊することでも有名であり、ホビット族と竜族との貿易の拠点ともなっている。 満月の夜、その港町の中の酒場で、一人のエルフと目される、色白で耳の先が尖った銀髪の人物が銀の笛を吹いていた。その音色は透き通った夜空に浮かぶ月のようであった。  滅多に人前に現れることのないエルフが、酒場で笛を吹いていること自体、とても珍しいことであった。その存在は、その笛の音色と共に、大いに観客に受け入れられていた。  演奏が終わり、拍手の中そのエルフは酒場を後にした。 そのエルフは街を離れ、人気のない岸壁へとたどり着いた。突如そのエルフの周りを囲むように、11人の甲冑と剣等で武装したエルフが現れた。  武装したエルフの存在もとても特異な存在である。 「久しぶりだね。何かあったのかい?オベリスクの諸君。」  武装したエルフたちは、銀の笛を携えているエルフに言われた。 オベリスク隊員 葉月: 「お久しぶりにございます。我らの主、月読命様。 人を相手に笛を吹いておられたのですか?我らは久しくあなた様の笛の音を聞いておりません。」  銀の笛を携えたエルフは、周囲の甲冑を着たエルフらから、月読命と呼ばれていた。 月読命: 「音楽には、言葉以上の力があるからね。 それに、私はこの世界のものではない。 だから私にとっては、笛を吹き音楽を共有することこそが、この世界の人々との唯一の繋がりに思えるんだよ。 で、そんなことを言いに来ただけではないだろう?」 オベリスク隊員 睦月: 「人間族のフラカストリウスという人物によって、聖剣エクスカリバーの封印が解かれました。 しかし、正規の封印解除ではなかったため、封印を解いたものは喉の渇きに苦しみ、他人の魂を欲し殺戮の限りを尽くしています。  そして、エルフ族への弾圧をも開始しています。こちら側の東の大陸への侵攻も、もはや時間の問題でしょう。」 オベリスク隊員 雪見月: 「どうされますか?」 月読命: 「・・・・どうもしないさ。 私の本来の力の殆どは、あの空に浮かぶ月と呼ばれる天体に封印したままだ。 でも、その状況にあっても、今私が動くと、全てが“無”に返ることになるよ。 この星の問題は、あくまでもこの星の住人が片付けなければならないと思うよ。 そうでなければ、ウルも納得はしないだろうしね。」 オベリスク隊員 文月: 「空間統率神ウルですか・・・。 しかし、我らはあなた様の命を受け、あなた様のために存在しています。 あなた様が、その所在を一定にしないために我らが守護し、共に移動している月帝の剣はどうされますか?」 月読命: 「それも、そのままでいい。 私が持っていても意味がないからね。 むしろ、君たちが持っていることが一番安全だよ。 それに、君たちは一人一人が竜王をも凌ぐ最精鋭の魔法騎士だろう?その君たちが、正規の封印を解いていない聖剣所持者に負けるとは思えない。 今のまま、各地を周遊していてくれ。」 オベリスク隊員 如月: 「しかし、エクスカリバーの現所持者は月帝の剣に興味を持ち初めています。 もし、月帝の剣の本来の意味に奴が気づいたら、大変なことになりかねません。」 月読命: 「いずれ、誰かがその意味に気づくときが来るんだよ。 それ自体はそんなにたいしたことではないよ。 それに、聖剣など、あれを起動させるためのただの鍵に過ぎない。 その鍵の封印さえ正規に解除できない輩に月帝の剣が扱えるとは思えないよ。」 オベリスク隊員 卯月: 「しかし、このままでは、多くの無益な血が流されます。」 月読命: 「先ほども言ったように、私が動くことは好ましくない。 いずれ、そのときが来たときに、被害を最小限に抑えるための月帝の剣だ。  そして、君たちは、私に従ってくれているが、君たちはこの世界の存在だ。そこはこの世界の存在である、君たちの自由意志だ。  君たちが思うように、今の聖剣の持ち主に接触してみることも私は止めないよ。」 オベリスク隊員 雪見月: 「わかりました。久しぶりにあなた様と話が出来て光栄です。  私はフラカストリウスとやらに接触してみようと思います。」 月読命: 「わかったよ。私はしばらくの間は、この辺りをうろついているから、何かあったらまたおいで。」  そういうと、月読命は、銀の笛を構え、海に浮かぶ満月に聴かせるかのように奏で始めた。  オベリスクと呼ばれたエルフの最精鋭騎士団は、しばらくはその場にいたが、夜明けと共に忽然とその姿を消した。
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