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02. ポイント・オブ・ノー・リターン<6>
刃先を覆われたアルバ・サイフがうねる。
すんでのところで四方向からの刃をかわしきると、そこに肘が急襲した。顎を強打され、少女が地面にどっと倒れる。
「勝者、マリオン」
野太い歓声と、冷ややかな眼をして敗者を見下ろす獅子の髪の娘。十六歳の最初の月例大会は、おおかたの予想どおり、十六歳の女子一の戦士マリオンが順調に勝ち進んでいた。二の戦士トアは、マリオンとは格がちがうというのがもっぱらの評判で、やはり将来のティンダル族長夫妻は異民族の元奴隷同士になるだろうと、長老たちのあいだでささやかれた。
これというのも、一の戦士同士から生まれた娘エンジュが、戦士の訓練が開始される年頃にはすでにふさいでおり、実戦訓練のほとんどを拒否したまま十六歳を迎えてしまったからだ、というのが彼らの言い分だった。身体能力は両親のものを受け継ぎ、体力や筋力は妥当に成長していたが、戦場で役に立たない名器など優れた〈ティンダルの馬〉の名に値するわけがない。
また一部には、族長の娘がこのような性質をもって生まれたのは、〈草の海〉の中洲で孤立して暮らすティンダルが、ほぼ同族内で婚姻をくりかえしているせいだと主張する者もある。異民族から迎え入れられた二人が、ティンダルの血の中心となることは、ティンダルの繁栄と存続のために好都合であり、むしろ未来は明るい、というのがそんな者たちの考えだった。
いずれにせよ、強さが主な価値であるティンダルにおいて、多くは二人の婚姻を問題視などしていなかった——フリッツに思いを寄せる当の族長の娘を除いては。
だが、なおも異民族の奴隷にティンダルが牛耳られることを危惧した長老連中は、密かな、しかし公然たる配慮を行なった。マリオンが二、三試合を戦っているあいだ、エンジュにはただ一試合だけが要求されたのである。
「エンジュ、カーヤ、前へ!」
カーヤは十六歳女子の中では下位の戦士だった。下位の戦士ばかり二人に勝てば、エンジュは決勝戦に挑むことができる。
しかし、力と血とを生きる糧として〈草の海〉のなかで生き抜いてきたティンダルにおいては、下位の戦士といえどもばかにできない。エンジュは、自分がマリオンどころかカーヤに挑戦する資格もないことを、よく理解していた。
すべては今さらだ。
あの馬屋で、フリッツと出会ってしまったことも。
——遅すぎた。
エンジュは輪の中に立つ。目の前には、マリオンやトアに比べれば、はるかに腰のすわらない少女カーヤがいる。それでもエンジュに比べれば経験を積んでいるはずなのだが、エンジュ以上にそわそわと観衆をみまわしていた。輪の外では、与えられた有利な条件をエンジュが活かすかどうか、大会の結果への興味とは別の関心をもって人々が見守っている。
今日も、エンジュには扱いきれないアルバ・サイフが重かった。
「はじめ」
カーヤが走りだす。くりだしたのは足技だった。高く打ちだしてきた足を、エンジュが腕で受ける。
おそらくカーヤも、アルバ・サイフの扱いに自信がないのだろう。この年代では下位も下位である二人にとって、この高度な武具はただの重石でしかない。勝機があるとしたら、基礎的な身体能力でなんとかすることだが、それとてカーヤは長年訓練を積んできた。
例によって、エンジュが防御しただけで人々は沸きたつ。鍛錬していない身でも、ティンダルの血が発露したものと、年寄りたちは喜んだ。
が、エンジュに戦う意志がないのも、例のごとくだった。カーヤがくりだす打撃をひたすら受ける一方、攻勢に転じようとはしない。
——負けたくない。
そういう気持ちは、エンジュにもある。罪に問われることなく、彼と一緒にいられたら。しかし、仮にカーヤには勝てたとしても、次の誰かに勝つことができるのか? まして、必ずや決勝で立ちはだかるのだろう、獅子のたてがみの娘に。
——最初にティンダルにつれてこられたときの、あの戦いは、まだ終わっていない。……
あんなことをマリオンが覚えているとは、思ってもみなかった。
どうしてマリオンは、あんなに自分を買いかぶるのだろう? マリオンも老人たちのように、自分がアイラとクロワラの娘だから、とでもいうのだろうか? ラピスラズリをさっさと脱ぎ捨てた彼女が?
——あなたと戦う、そのためにわたしは——フリッツの子どもを産む。……
ひときわ強い打撃が来た。エンジュは両腕で防ぎきる。また輪の外の連中がわっと声をあげた。
(言っている意味がわからない)
そういえば、ほかにも何かおかしなことを言っていた。
——わたしは、ほんとうは歌を探しにきたの。星々の庭の鍵。……
「〈星々の庭の〉……〈歌〉」
(スエンの歌……?)
ぽつりとひとりごちたとき、目の前にアルバ・サイフの刃が迫っていた。
はっと息をのんだ直後、衝撃がおとずれた。
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