06. ハートブレイク<7>

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06. ハートブレイク<7>

 呼吸が苦しくなって、サイレは自分が嘔吐したのだとわかった。  緑色の液体のなかを、吐瀉物が漂っている。しかし避ける気力もなかった。まだ喉の奥からせりあがってくるものがあったからだ。 「排水を! 早く! サイレ君しっかり」  カタレナの声を遠くに聞きながら、サイレはもういちど吐いた。試験管のガラスがクレーンで持ちあげられ、緑のゼリーごとサイレの吐瀉物が流れ出ていく。 「大丈夫ですか、サイレ君」 「……いやだ」  サイレは言葉を絞りだす。 「え?」 「いやだ——」  ——エンジュが恋するなんて、いやだ。 (同じ時代を生きていない自分には、見ていることしか、できないのに) 「苦しいですね、サイレ君。好きになった相手が誰かのものになるのを、ただ手をこまねいて見ているだけだなんて。でもサイレ君、サイレ君も彼女はいっぱいいるんじゃなくて? 逆に考えれば、あちらに彼氏のひとりやふたりいても、大したことではないのでは。いずれにせよ、サイレ君の彼女になることはないのですし」 「えぐりますね、カタレナさん」 「いちおう慰めです」 「ありがたいですね」  いずれにせよ、エンジュの身にどんなことが起こったとて、サイレは見ているしかない。メモリアがサイレに見せているものを、ただ見ているだけの身では。 「念のため言っておきますが、もう見ない、という選択肢もあります。サイレ君の選択がメモリアの選択なのですから、そうなればそこまでということです。もちろん、メモリアを通して歴史を目撃するチャンスを逃すのは、研究者としては忸怩たるものがありますが、仕方ありません。ゼリーの中で嘔吐するほど恋の病に苦しまれては」 「でも、マッドサイエンティストじゃなきゃできないことがある。おれの恋を応援すること。それも、ものすごく、実質的に」 「マッドサイエンティストによるデートのセッティング、ですか。私は歴史学のほうなのでそちらはお力になれませんし、研究倫理の観点からもおすすめできません」  それより! とカタレナはいつになく強調して言う。「開発できるかどうかわからないマッドサイエンティストを待つより、もっと可及的速やかにやるべきことがあるんじゃないですか」 「というと」 「もちろん、いまサイレ君を苦しめている恋の病を治すことです。つまり」  カタレナは豊かな縦ロールを揺らし、言い放つ。「今現在、サイレ君の身のまわりに存在する女性との、手近なデートです」
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