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07. 最初にして最後のデート<7>
「なんかサイダー飲んでるのうれしそうに見てるんですけど……」
「フードコードのチケットは失敗だったわね! マネージャー。あたしはシファ・アーマディーを見てヤニさがってるサイレを見たかったわけじゃないんだけどー?」
「申しわけございません。イヴさま」
〈ワールド・アトラティカ〉側の責任者が頭を下げている。いくら市長の娘だからって、市長は独裁者ではないのだから、そこまでする必要はない気がするが、マネージャーはごくまじめだ。
「しかしイヴさま、水をかけてお詫びもしないでいれば、当園の対応を問われてしまいます」
「園のできることには限界があるものね。評判を下げるわけにはいかないし」
イヴはいつになく居丈高に胸をそらせたが、気づかいはやさしい。
「でもイヴさま、このあととっておきがございます」
「期待していいのかしら?」
「ご期待ください!」
マネージャーはもみ手する。ふふんとイヴは鼻を鳴らす。なんだか楽しそうだ。
もう一人の友人ラケルタはといえば、相変わらずイヴの端末に映しだされたサイレとアーマディー女史の姿に釘づけで、二人の一挙手一投足に目を凝らしつづけていた。
「あの、どうしてVIPの娘だからってこんな小娘のいうこと聞いてくれるんですかね」
堪えきれず、アイバンはマネージャーに訊く。「別に市長がここ運営してるってわけじゃないですよね。こんなムチャぶり、断ったって別に困ることにはならないでしょ?」
こらぁアイバン、邪魔しないでよ、とイヴが騒ぐ。そんな市長の娘の言葉にいちいちうなずいてから、マネージャーはアイバンを見た。
「はい、でもクロカワ市長が当園の恩人であることに変わりはございません。クロカワ市長がトリゴナルを築きあげる際に苦心されたことは無数にあります——それはもう、人生の大半を賭けられたわけですから。当園の建設もそのひとつ」
「でもこう言っちゃなんですけど、古風な遊園地ですよね。とりたてて驚くような技術が使われてるとは……」
「ええー? アイバン知らないの? デートしたことあるぅ?」
イヴはマネージャーの腕に抱きついて、上目づかいにアイバンをみあげてきた。図星としかいいようがない指摘に、アイバンは肩を落とす。
「これからそれをお目にかけましょう。イヴさまのご要望にも適うかと」
マネージャーはほほえんだ。「なんにせよ、人の恋路を邪魔するなんて、なんて楽しいお仕事……うっふっふ」
最後には邪悪な笑みに変わったマネージャーを見て、アイバンは、訊かなきゃよかった、とひとりごちた。
「次はどこへ? サイレ。イヴ・クロカワは、次は何をしてくれるかしら? もっとちゃんと妨害してくれるかしら?」
「イヴの考えることはわからないですけど」
腹ごしらえをすませて、二人はフードコードを出た。サイレはあたりをうかがってから、端末で時間を確認する。なんだかんだで十四時近い。
「この調子だと、監視カメラ使ってこっちのこと見てるはずです。また何かしてくることはまちがいないと思いますけど。でも、おれたちが今すべきはデートです。そろそろ、このテーマパークのハイライトの時間なので、それを楽しみましょう。たまにはシファさんにも、物理法則を楽しんでもらいたいですね」
「自信はないわね」
心臓のほうは、そろそろシファが近くにいることに飽きたのか、すっかりなりをひそめている。高鳴りつづけたら確実に身がもたないので、からだが順応したようだ。サイレにとっての歌が、もはや日常の一部になってしまったように。
けれど、いつも期待する。今度こそ、そうかもしれない、今度こそみつかったのかもしれないと、心臓が激しく自己主張するたびに思う。
「〈アトランティスの時間〉が始まりまーす! スタッフの誘導に従って移動してください」
スタッフがスピーカーで呼びかけはじめる。周囲の客が歓声をあげる。
「シファさん。シファ。行きましょう」
「わかったわ」
ほほえみがそのまま彼女の顔かのように、シファは変わらぬ微笑で応じる。
「お客さま! こちらです」
そのとき、急に近くから声をかけられ、と腕を引かれた。引かれるままあとずさると、足もとをさっと水の線が横切った。
なぜか水が横切ったのは、サイレとシファのあいだ——まるで、二人のあいだを分断するかのような位置だ。サイレとシファは顔を見合わせる。
しげしげと足もとを見下ろしたシファを、線のむこう側にいるスタッフが引っぱる。
「失礼しますお客さま! ここで立ち止まられるとお靴が濡れてしまいます。こちらへ」
有無をいわさず、シファは引きずられていく。一方、サイレはサイレで、先ほどのスタッフが、お早くこちらへ、早くしないと大変、早く早く、と腕を引いてくる。
一応、デート中なんですけど? だが、すでに手の届く距離ではなかった。水の線は、みるみるうちに水量が増え、徐々に川といっていい様相になってきている。腕を引くスタッフの手を今から振り払っても、シファとのあいだには人工の川が横たわっている。
何これ? たしかにこれは〈ワールド・アトラティカ〉おなじみのイベントで、十四時になったらこういうことになるのはわかっている。サイレも、何度も彼女とここを訪れて、イベントを楽しむ彼女のはしゃぐ姿を見てきた。
(イヴか!)
引っぱられたままのシファが、遠ざかりながら振り返り、手を振った。サイレも引っぱられつつ、振り返っては手を振り、手を振り、少しでも気づいてもらえるように跳ねた。お客さま、とスタッフに声をかけられたが、さすがに無視する。イヴの手先め!
〈あ と で ね〉
シファの口が、はっきりと動く。
(こうなったら、絶対もう一度シファさんと再会して、必ず二人きりになってやる)
サイレは決意した。(絶対だ! 見てろよ、イヴ)
人間、邪魔されると燃えるのだ。たとえ、これといった意味はなくとも。
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