07. 最初にして最後のデート<10>

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07. 最初にして最後のデート<10>

 半円形のアトラクションは、近くに見えて、そんなすぐには着かなかった。  サイレは疲労で座席の背もたれに沈みこみながらも、逸る気持ちで操作パネルに表示された現在位置をみつめていた。所要時間の残り時間は目の前で着々と減っていったが、今日は一秒がやけに長く感じる。  きょう勝つか負けるか。この数十秒で決まる。 (たぶんもう、イヴはおれをみつけてるな)  サイレは頭上四十センチほどのところ、狭い球形自動ボートの天井に据えつけられた監視カメラをにらむ。この数時間、もっともたやすい移動方法である自動ボートを避けていたのは、やはり正解だった。  到着を知らせるブザーと同時に、サイレは立ちあがった。からだは重かったが、脳内で興奮物質が分泌されているらしく、サイレは〈ワールド・アトラティカ〉名物の大観覧車を擁するアイランドの地面を、しっかりと踏みしめた。あとは、イヴにみつかるまえにシファと合流するだけ。サイレは人の流れに乗って観覧車に近づいていく。  人工太陽はとうに落ちたこの時間、大観覧車の周囲はごったがえしていた。夜間の大観覧車のムーディーな雰囲気は、トリゴナルKのデートの定番だ。同じことを考えているカップルが、大観覧車のまえに人垣をつくっている。  行列に並んでいるあいだにイヴに捕まるのは正直困る。サイレはあたりをうかがった。  その人の存在は、すぐに目に飛びこんできた。サイレの眼が認識する以前に、心臓が反応してくれた。どく、どく、どく——長時間を一緒にすごして慣れきったはずが、また長時間離れるうちに新鮮さを取り戻したか、出会ったときと同じように激しく反応した。  疲れなどというものは知らないかのような表情で、大観覧車の列の先頭からこちらをみている、〈毒の海〉の瞳。相変わらず、ほほえみをたたえたまま。  単なる障害物にすぎない人々のなかで、その人だけが浮かびあがってみえた。 (これだから、わからなくなるんだ)  サイレはそう思う。(あなたが、おれにとって、何なのか)  きたわ、と、観覧車のスタッフに告げる。スタッフもサイレの存在に気づいて、大きく手を振ってきた。 「どうぞお客さま! 彼女さんが先頭でお待ちですよー!」  その間も、大観覧車のゴンドラは、列に並ぶ客たちを次々に運んでいく。シファはうしろの客に次から次へとゴンドラをゆずりながら、サイレのことを待っていた。 「——シファ」  サイレは走りだした。その心臓が命じるままに。それとも心臓は命じてなどいないのか?  少女は手をさしのべる。サイレは手をのばす。  ——サイレ。……  ようやくその白い手をとったとき、彼を呼んだのは別の少女だった。  ゴンドラに足をかけながら振り返ると、自動ボート乗り場から三つ編みとビン底眼鏡の少女が駆けだしてきた。 「——サイレ!」  直後、きゃっ、とつぶやいて、少女は転倒した。ビン底眼鏡が飛んだ。 「あっ」  サイレはゴンドラの扉から身を乗りだしかける。 「危ない! 乗ってください!」  スタッフが叫ぶ。つないだ手をシファが引いた。思いのほか強い力でサイレは扉の内に引きこまれ、安堵したスタッフの顔とともに、転んだ少女の姿が遠ざかる。閉ざされたガラスのむこう、少女の頭が地面に伏していた。  次の瞬間、彼女は勢いよく起きあがり、なおもサイレを追いかけようとした。  ビン底眼鏡の仮面が剥がれた彼女のまなざしは、深い藍色。きらきらと光って、サイレを探している。  しかし、すぐにもう間に合わないと気づいて、彼女は目を伏せた。落としたビン底眼鏡を拾おうとかがんだ、彼女の姿が視界から消えた。
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