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08. 運命を曲げ、従わせる者<10>
夢かうつつか。自分は少年なのか青年なのか。わからぬままに、文字どおり無我夢中だった。
少女は舞う。舞いつづける。このすがたをザイウスがみていたのかと思うと、アルキスは自分が何に憤っていたのかわからなくなった。ティンダルのエンジュへの怒りか。ザイウスへの怒りか。けれど目の前で舞う娘に、手をのばさずにはいられなかった。
ここにいて、とこいねがったのは、少年か青年か。それだけでいいと思った。けれどこの夢から醒めたとき、またうつつが迫ってくるだろうことを、どこかで理解していた。
歌よ、と少女はささやく。あなたの中から歌が聞こえる。歌を聞かせて。少女は明らかに、自分が何をいっているのかわかっていないようだった。ただそう何度も口走った。うわごとのように。
歌うのはあなただと、アルキスは答える。自分は歌うことができない。自分の歌を、——は受け入れない。
歌ってください、わが〈王〉。そうすれば……。
「——そうすれば?」
今、少女ははっきりと現実世界を両足に感じながら、メサウィラの帝王一族の装束で、樹上城の頂上に立っていた。巨木の梢に囲いこまれた円形の天空の下で。足もとには、親友のトカゲが寝そべって、とくだん興味もないという目つきでいる。
「〈星々の庭〉の門が開く」
長い物語の果てに、アルキスは一瞬、逡巡したかのようにみえた。
それとも、エンジュがそう願っただけだろうか。エンジュは小さく笑う。
「われらが〈王〉が、ついに星のくびきを離れ、運命を曲げるときが来たのだ」
青年と少女のかたわらで、星見の男はひとり、興奮を隠しきれない様子でつぶやいた。
王女マリオンによってもたらされた〈星々の庭の歌〉。彼女自身によって歌われたそれは、何ももたらしはしなかった。アルキス自身も歌ってはみたが、何も起こらなかった。マリオンとアルキスでは歌い慣れていないせいではと考えて、宮廷歌手に同じ詩、同じ旋律で再現させたが、同じだった。
「……ストリキオ」
円形の空の下の孤独な玉座で、かたわらに親友の姿もなく、アルキスはひざまずく陰気な男を見やる。内なる復讐と野望のために帝王を利用しようとする男。それゆえに、この男は信用できる。何も言わないということは言うことができないということだと、すでに長くなりつつあるこの男との関係の中で理解していた。
王女マリオン以降、帝王の兄弟姉妹はめぼしい成果をあげられずにいた。ある者はその探索のさなかで命を落とし、またある者は帝王の命令を遂行することができなければ追放の身の上すら許されないと憶測して失踪した。
別のやりかたを模索しだしたころ、おりしもアルキスはあの夢をみはじめた。そして、彼女を手に入れ、ストリキオはこのとき力強くうなずいたのだった。
〈神々の御世、星々の下なる丘にて
星の子墜つ……〉
民によって〈運命を導く舞手〉という名を与えられた彼女の歌は、アルキスの寝室のなかで驚くほどのびやかだった。
ティンダルの〈謡い家〉と呼ばれる住処で暮らしていた人々の歌を愛し、ただそれに耳を傾けるためだけに夜な夜なそこに通ったと、彼女は語った。
夢のアルキスに歌を感じたと彼女は言ったが、歌を抱いて生まれたのはまちがいなく彼女のほうだ——そんな埒もない確信とともに、暗闇のなかで光を身にまとった彼女に手をとられたとき、アルキスは長年探したものをいま得たのだということを、完全に理解した。
知らず、笑いがもれた。声をあげて、笑わずにはいられなかった。うつくしい幼年期も、大切な者たちも多くの生命をも失い、ようやく獲得した——勝利した。
「私の運命を導いてくれ。私の運命を変えてくれ——エンジュ」
少女はしっかりとアルキスの手を握りながら、けれどその笑みはさびしげだった。
「笑え」
自分は高らかに笑いながら、アルキスは言い放つ。「そなたも笑え」
少女は応じなかった。ただ、周囲の暗闇にただよう無数の星々を、その深い藍色の瞳に映して、娘は青年をみつめ、ふたりはそのままゆるやかに落ちていった。
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