忘れない

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忘れない

 その日は突然やって来た。  春先から流衣(るい)はどこかしら具合が 良くなく、かと言って悪化する訳でもない 中途半端な体調が続いていた。彼女は十八 歳の柴犬。人間で言えば既に百歳を超えて いるだろう。多少具合の悪いところがあって も仕方がない。  耳が遠くなり、呼びかけても反応がない ことが多くなった。もしかしたら目も見えて いないかもしれない。散歩中は鼻を地面に つけるようにして匂いを嗅ぎながら歩いて いる。  かくいうわたしも近頃近点が遠くなり、 テレビの画面や店舗に並ぶ商品の原材料が 判読できなくなった。
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