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家を出る前に固く閉ざされた客間の障子に声をかけたが返事はなかった。富岡くんのいない教室は静かだ。たった数ヶ月なのに、彼がどれほどクラスを明るくしていたのかが良く分かる。今日もまた、詩子に背を撫でられながら雪ちゃんは窓の傍でじっと校門を見下ろしている。
「昨日、ふたりで富岡の家に行ってきたんだ」
雪ちゃんに気を遣うように小さな声でそう言った。
「おばさんは“心配しないで”って。体調が少し悪くなっただけだからって。でもどこにいたとか、何をしていたのかとか、雪子にさえ教えてくれないんだよ! それに、体調が悪いのに家にはいないんだって、じゃあ病院かって聞いたら濁すし、もうわけわかんない! 子供が心配じゃないのかっての!」
鼻息あらくそう言った詩子に返事に困ってただひとつ頷く。雪ちゃんはまだぼんやりと外を眺めていた。
「……蛍ちゃんは、いつも隠し事ばっかり。蛍ちゃんは、蛍ちゃんなのに」
きゅっと唇を結んだ雪子は静かに目を伏せた。
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