熊と旅人

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熊と旅人

 二人の旅人が森を歩いていた。片方は立派に整えられた(ひげ)を生やし、もう片方はきれいな帽子をかぶっていた。彼らは旅の途中で知り合ったが、妙に気が合い、仲むつまじく話をしながら軽い足取りで歩いていた。  そうしていると突然、目の前の草が音を立てた。そして、そこから大きな熊が現れたではないか。二人は慌てふためいたが、(ひげ)の男は早く対策を思い付いた。彼は帽子の男の背中に足をかけ、木に飛び付いた。木登りが得意な彼は、そのまますいすい昇っていく。  出遅れた帽子の男は頭を抱えた。どうにかしないといけないが、逃げようにも(ひざ)が震えて動けない。死を覚悟した瞬間、何かを思い出して地面に伏し、動かなくなった。少し前に訪れた町で、死んだふりをすれば熊は見逃してくれると聞いたのだ。その時は、寝転がって動かないなんて簡単な対処法だと思ったが、実際にやってみると全くそんなことはなかった。  近付いてくる獣の気配に、彼の心臓は力強く脈打ち、その度に体が跳び跳ねるように思える。動いてはいけないと思うほどに(ひたい)の汗の感触が気になり、(ぬぐ)うのを我慢するのも一苦労だ。呼吸と心臓の音がうるさくて状況も分からない。どれくらいの時間が経ったろうか。熊はまだ自分を狙っているのだろうか。案外もう熊は遠くに行ってしまったかもしれない。周りを見てみようと考えた次の瞬間、首筋に(あたた)かい息が当たるのを感じた。彼を品定めしているのだろうか。男は震えながら固く目をつむり、心の中で『俺はおいしくない』と叫び続けた。
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