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満月に出会うもの
俺は夜空を飛ぶ、真っ黒なカラスへ変身していた。オオカミではなく。
……なんでだよっ!!!
変身した俺は満月の夜空を優雅に飛んでいた。というか、やけくそだ。なんでよりによってカラスなんだよ! かっこ良さが微塵もないし、どちらかというと嫌われものなのに。ちきしょー。
俺は月に向かって吠えた。
「カアァァァ!!」
くそっ! 吠えることもできやしねぇ。
やけっぱちに夜空を飛び続けていたが、住む街を見下ろしながら空を飛ぶのは案外心地良く、だんだんと怒りは収まっていった。
ま、今の世の中でオオカミに変身したところで、見つかれば大騒動になるだけしな。その点カラスなら空を飛んでいても、その辺にいても何の不思議もない。
そうやって自分自身を納得させながら、夜空を飛び回った。
加減がわからないまま飛び続けた俺は、しばらくすると、すっかり疲れてしまった。やむなく高校近くにある神社に飛び降りた。神社ならカラスの俺がいても追い払う奴はいないだろうし、休憩にはもってこいだ。
羽を休めながら神社の境内をちょこちょこと歩いていると、拝殿前に佇む人間がいることに気付いた。少しずつ近づいていくと、その憂いのある美しい横顔に見覚えがあった。
(あれは同じクラスの立原琴音……!)
立原琴音はクラスメートだが、学校を休みがちだ。学校に来ていても、ひとりでぽつんとしていることが多い。けれど淋しさは感じられず、ひとり悠然と過ごす姿が気になっていた。微かにほほ笑むように空を見上げる横顔が美しく、何度か見惚れてしまったことがある。
(なんでこんなところに立原が? 夜の神社だぞ。怖くないのか?)
気になった俺は、さらに距離を縮めていった。幸いカラスだから不審者に見られる心配もない。立原は学校にいるときと同じように、夜空を見上げていた。眩い満月の光に照らされながら夜の神社に佇む少女は、神秘的な輝きに包まれていた。引き寄せられるように、すぐ側まで近づいてしまった。カラス(俺)に見つめられていることに気付いた立原が、優雅に微笑えむ。
「あら、カラスさん。こんばんは。挨拶に来てくれたの?」
月明かりの下で輝くような笑顔だった。高校では見たことがない、立原の自然な笑顔。カラスであることも忘れ、しばし見惚れてしまった。
「カラスさん、どうかしたの? どこか痛いの?」
ぼぉっと見惚れるカラスを心配したのか、立原は屈みこみ、地に這う俺の顔を覗き込む。目の前に、立原の美しい顔があった。心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
「カラスさん?」
ようやく我に返った俺は、慌てて飛び上がった。
「きゃっ!!」
しまった、急に飛んだから驚かせてしまった。立原を落ち着かせたかった俺は、衝動的に彼女の肩に飛び降りた、ちょこんと。いや、カラスだから、どどんとか?
肩にカラスが飛び降りたことに気付いた立原は、少し驚いたようだが、嬉しそうに微笑んだ。
「肩乗りカラスさん? ふふ、こんなの初めて見たわ」
うん、俺も初めてだわ。人に懐くカラスなんて見たことないし、そもそもカラスに変身したのも初めてだしな。
「あなた私の友だちになってくれるの?」
「カァァ~」
心の中では「はい!」と返事をしているのだが、カラスの俺ではカァァと鳴くことしかできない。
「ふふ、お友だちのカラスさん。これからたまに私と遊んでくれる?」
「カァァ~カァァ~」
「なんだか呼ばれたような気がしてここに来たけど、嬉しい出会いがあったわ」
意味深な笑顔だった。その柔らかな微笑にすっかり魅了されてしまった俺は、彼女との『満月のデート』(と俺は勝手に思っている)を重ねるようになっていくのだった。
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