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月夜の秘密
それから俺はカラスに変身できなくなってしまった。
どれだけ満月を見つめようが、満月に向かって念じようが、俺の体は全く反応してくれない。
立原琴音に会いに行きたいのに。楽しそうに笑ってる立原の笑顔が見たいのに。学校だと立原は笑ってくれないんだぞ、カラスの俺にしか笑ってくれないんだ。
「立原に会いたいなぁ……」
ぼそりと呟いてしまった。一応、誰もいないところで呟いたつもりだった。
「あの……黒田くん」
突然呼びかけられて振り向くと、そこには立原琴音が立っていた。
「た、立原。ひ、久しぶり。じゃなくて! クラスで会ってるよな。はは、
俺は何言ってるんだか」
立原は少し困ったような顔をしていたが、やがて静かに首を横に振った。言葉を慎重に選ぶように、少しずつゆっくりと話し始めた。
「学校では顔を合わせてるけど……あの、ね。もしも間違っていたら、ごめんなさい。私、カラスとしての黒田くんにはしばらく会ってないわ」
「え……カラスって立原、まさか俺の正体を」
立原がじっと見つめている。しまった、これじゃ立原の言ってることを認めてしまったようなものじゃないか。
「やっぱりあのカラスは黒田くん、なのね。最後に会ったあの晩、変身がとけそうになってた、でしょ? あの時にあなたの顔が浮かんだり消えたりしてた、から」
なるほど、だから立原は俺の正体に気づいたのか。
「学校で黒田くんに話しかけたかったけど、どうしても勇気が出なくて。だから後をこっそりつけてたんだけど、さっきぼそっと言ってたでしょ? 私に会いたいって。すごく嬉しかった。私も同じ、だったから」
そう言うと、立原の顔が赤くなった。俺も顔がかっと熱くなるのを感じた。
「俺のこと、怖くないのか? カラスに変身する男なんて」
「なんで? 私のこと守ってくれたでしょ? 私のつまらない話をずっと黙って聞いてくれたでしょ? こんなに優しい人、他にいないもの。あなたがカラスに変身したのは、私と黒田くんだけの秘密。ね?」
立原琴音はいたずらっぽい笑顔で笑った。その笑顔の可愛いことといったら。ああ、この笑顔を守れるなら、カラスだろうが、八咫烏だろうが、何だってなってやる。俺は改めて決意し、頬を赤く染めながら話す立原を静かに見守るのだった。
月夜に変身したのはオオカミではなかったけれど、カラスも悪くない。うん、本当にそう思う。
了
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