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アーリンの秘密
翌日はあまりに突拍子がなくて、しかも過酷な訓練が言い渡された。
「…………え?」
「第一師団は弓を持って森で狩りをする。獲物が捕れなければ肉無しだぞ」
「……マジか」
ジェイソンを含めて全員が途方に暮れた顔をするが、ゼロスもコンラッドも本気らしい。
こんな無茶振り第一だけかと思ったら、他の所でもどよめきが起こっている。
「第三は湖で釣りね。これ、今日の夕飯になるから気合い入れて」
「第二師団は周辺の測量と地図作りするよ。間違えたら肉なしだから」
「第五は木を切って薪作るからな。煮炊きに必要だから必死こいてやるよ」
「第四は薬草を採りに行きます。全員十種類は見つけて下さいね。毒を見つけた場合は得点足しますが、摘み取った場合はお昼抜きです」
なんだか、大変な事を言われている。ジェイソンは手元の弓矢を見て、頑張ろうと気合いを入れた。
とはいえ、気合いでどうにかなるわけがない。
森はけっこう草食動物がいて、姿を見る。そこに狙いを定めて矢を放つが、最初は真っ直ぐ長い距離を飛ばす事がまずできなかった。届いたとしても仕留める事なんてできない。そもそも気配を察知して逃げてしまうのだ。
今ジェイソンの目の前にはウサギがいる。まだこちらには気づいていないだろう。そっと近づいて、弓を引く。そうして放った矢は一歩届かずウサギが前に逃げた。
だが背後から飛んできた矢が見事、動き出したウサギを仕留めた。
「アーリン!」
急いで後ろを振り向くと、アーリンが弓を構えていた。青い瞳がジェイソンを見ている。
「下手くそ」
「だって、難しい……」
「風下に立て、奴らは臭いにも敏感だ。気配を消して、顔の向きや体の向きも計算に入れろ。止まっているその場所よりも少し進行方向を狙え」
早口に一通り言い終えたアーリンが、仕留めたウサギの側へと行って血抜きをして、袋に入れる。
一連の事を呆然と見ていたジェイソンは、グッと拳を握る。そして、気合いを入れ直して森の中を進んだ。
そうして少し。運良くウサギを見つけたジェイソンはアーリンの教えてくれた事を忠実に守った。
風下に立ち、音を立てないようにして、気配を消して弓を引く。体の向きを見て、こちらを警戒していないのを何度も確認して、矢を放った。
「やった!」
無事に一羽捉える事ができたジェイソンはすぐに血抜きをする。そうして袋に入れた所で、薬草摘みをしているオリヴァーと出くわした。
「おや、どうしました?」
「いえ、獲物を追ってここまできまして」
「とれました?」
「なんとか」
苦笑して袋の中を見せると、オリヴァーは優しく笑って「良かったですね」と言ってくれる。
ジェイソンはこの人を穏やかで優しい人だと思っているのだが、どうにも先輩達は違う事を言う。オリヴァーは怖いと言うのだ。
「それにしても、ウサギでは腹が膨れませんね。もう少し大きな獲物が欲しいところですが」
「大きいですか?」
「鹿とか、イノシシとか、鴨もいいかもしれませんね」
「そんなに大きなものですか!」
想像がつかない。
呆然としているジェイソンだが、にわかに第四が大きな声を上げた。
「オリヴァー様! イノシシが!」
「おや、噂をすれば。今日はイノシシ鍋ですかね」
嬉々としたオリヴァーが自身の弓を握る。一般隊員が持っている物とは明らかに違うものだ。
第四が怯えたように様子を見ているその先、かなり距離のある場所にイノシシが確かにいる。それを確認したオリヴァーはまったく臆することなく弓を構えた。
「オリヴァー様?」
「いいですか、よく見ておきなさい」
強い力で引き絞られる弓。それが放たれると、矢は風を切り裂くように突き進んでいく。緩やかなものではない強弓は見事にイノシシの目を射貫いた。
「もう一発!」
立て続けに二本、オリヴァーの素早い矢が放たれると、イノシシは首を貫かれて倒れた。
「ふぅ、イノシシ鍋ゲットですね」
「……すごい」
イノシシなんて、皮膚が硬くて貫けないと思っていた。なのに……
「ジェイソン、ゼロスを呼んでおいで。運ぶのを手伝ってもらいましょう。ついでに第四には動物の解体の仕方を教えましょうね」
「……はい」
にっこりと笑うオリヴァーの後ろで、薬草摘みをしていた第四はげっそりとした顔をするのだった。
ゼロスを探して話しをすると、すぐに笛で呼ばれた。この笛はそれぞれの教育係が持っていて、音程が違う。程なくして第一が集まってオリヴァーの所に向かうと、絶賛イノシシ解体中で第四は数人げっそりとしていた。
まぁ、分からなくはない。そしてコンラッドが具合悪そうな顔でその場を離れていった。
だがおかげで今夜はイノシシ鍋が食べられるとウハウハで施設に運び込むと、ランバートがやたらと目を輝かせて肉の下処理をし始めた。その手際の良さを見るに、本当にこの人は凄い人だと思う。
それに加えてウサギをゲットできた数人がそれを出し、こっちは唐揚げにする事になった。今日は肉三昧らしいが、何せ喰い盛りが多いだけにこれでも一日分なんだそうだ。
よって、引き続き狩りが必要らしい。
残りの時間とにかく駆けずり回ったジェイソンは、どうにかウサギを数匹、偶然にも鴨を一羽仕留めた。汗だくになってそれをランバートに渡すと、彼はとても嬉しそうに笑ってくれた。
船で湖に出て魚を釣っていた第三は、多少魚が釣れたくらいで、数人が全身びっしょりだった。聞くところによると、落ちたらしい。
そして第五はとにかく汗臭かった。不慣れな斧を使っての薪作りは、それほどに重労働だったのだろう。
だが、何より嬉しいのが既に風呂の準備が出来ていた事だった。ランバートがその辺の雑事を全部引き受けてくれたらしく、食事から何から完璧だ。
この人、神様かもしれないとクタクタの新人はとにかく拝むくらいだった。
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