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第二話 失わないように
必ず行くべきだったんだ。
その日はそよかと約束した時間に行くことができなくて、やっとのことで用事を済ませてこっそり待ち合わせの場所に着くと、そこに彼女の姿は影も形もなかった。
僕たちは二人きりで会う時間をなかなか作れなかったから一目でも会いたいと思った。
そよかはときどき表情を無くしてしまうことがあって、僕の視線に気が付くと彼女は無理やり口角を上げて微笑んでみせた。
「大河と一緒にいられる条件を満たすには、私たち、生まれ変わるしかないね」
生まれのことを言われると、血が逆流するような感覚になって、無性に腹が立ってくる自分がいた。
「それって僕と一緒に道を踏み外すのはごめんだってこと?」
いつもは温厚な僕が投げ捨てるようにそう言ったから、そよかはあのとき面食らったような顔をしていた。
彼女が僕の前にいない今、一言謝っておけばよかったと悔いが残った。
そよかから自分は弱視なのだと切り出されるまで、鈍感なぼくはそのことに全く気が付かなかった。
太陽の日差しや月明かりは把握できるが、度の強い眼鏡をかけても人や物の輪郭がわかる程度だと説明された。
「砂利の上を歩く音で、誰だか私わかるのよ」
実は僕も小さい時からテントで生活することが多かったので動物か人の足音を聞き分けることはできたが、人の違いはわからなかったのですごいなと思った。
「確かめただけ」
ある時おもむろに僕の頬をそよかが両の手で包み込んできたので驚くと、彼女はふふっと笑ってそう言った。
「大河の輪郭」
僕にはそんなそよかが輝いて見えて、無限に二人の時間が続けばいいなと呑気に思っていた。
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