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17 春かぜ
街は春爛漫。
人々は分厚いコートを脱ぎ捨てて、竦めていた首を伸ばして、丸まっていた背筋を伸ばす。足取りはまるでステップを刻むかのよう。
虫や動物たちは長い眠りから目覚め、仕事に勤しみだす。
街に流れる空気さえも色を変える。誰もが浮かれた、ちょっと不思議で楽しい季節。
そして、 別れと出会いがやってくる。
天も1つの学年を終えた。
数日前、天の学校では終業式が執り行われた。
高校生の全学年が講堂に集められ、1年度が無事終了したことを確認する。
各クラス毎に一列に並んで座る。その列に、御桜の姿はなかった。
御桜が学校を休み始めて早1ヶ月近くが経っていた。 流石に1ヶ月も休んでいれば、何かあったのかと話題になる。
御桜のクラスでは担任から大まかな説明はされたものの、入院先等は秘匿された。御桜と仲の良かった子たちは食い下がっていたが、天はそのことにホッとした。それは醜い嫉妬心によるものではなく、御桜の状態があまりよくないからだ。
体調に変化はなく非常に良好ではあるが、精神的にかなり負担を受けている。
御桜のお母さんが看護師さんから聞いた話によると、人といる時はいつもと同じように過ごしているものの、ふと1人きりになった時や、夜中など、じっと窓の外を見ていることがあるらしい。夜中の2時、3時頃に見回りに行った時も月に照らされた夜闇をじっと見ていたとか。睡眠もうまく取れていないのではないだろうか。
ある日天が見舞いに行くと、看護師さんから聞いていたように、窓の外を眺めていた。御桜の病室の窓からは、病院の前の通りの桜並木が見える。そちらもまた、満開を迎えていた。
一瞬声を掛けるのを躊躇ったが、御桜が先に天に気がついた。それからはいつも通りだった。ベットの上で上体を起こしている御桜とベットの横の椅子に座る天。他愛のない話に花を咲かせる。
しかし、日が傾いてきた頃御桜が大欠伸をした。眠い?と聞くと、最近ちょっと眠れて無くて、と打ち明けてくれた。御桜が自らの弱みを天に見せてくれたことが嬉しくて、天の心は不謹慎にもときめいた。
寝ていいよと言って髪を撫でると、御桜は気持ちよさそうにまた欠伸をして天の掌に頭を擦り付けて来たまま眠ってしまった。
天の恋心は秘められたまま打ち明けられることはない。
それが最近では今までほど辛いものではなくなった。
今まで、得体の知れない、恐怖や後ろめたさのせいで強張って、御桜といる時の情動に苦しさしか感じられていなかった。
しかしその正体を知り、隠し通すと心に決めた日から、天の心は余裕を取り戻した。苦しみしかなかった情動に、甘さがあることを知ったからだ。
よく恋心を甘酸っぱいと形容する。酸っぱいのはよく分からなかったが、甘くて、苦しい。苦しいけど甘い、その言葉の意味を理解した。
こんな自分でも、友達に、女の子に恋心を抱いてしまうこんな自分でも、人並みに“恋“をしているということがなんだかおかしくて、ふっと気が抜けた気がした。
天に足を失った御桜の気持ちは分からない。
五体満足に生まれて、16年間、天は1度だって自分が足を失うかもしれないなんて考えたことはなかった。足を失うというのがどういうことなのか。可哀想、と一口に言ってしまうことは簡単だけれど、そうして御桜の気持ちを一纏めにしてしまうのは、御桜の現実から目を逸らしているように思われた。かと言って、御桜がどんな気持ちでいるのかなんて考えれば考えるほどに分からなくなっていった。
それでも、天は大切なことを見失わないでいられた。
どんなにぐるぐる考えても、結局御桜の顔を見て仕舞えば、大切なことを思い出さざるを得ない。
御桜が足を失おうが失うまいが、天の気持ちは変わらない。
ずっと、側に。
許されるなら、1番近くで。
御桜の側に。
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