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エピローグ
「天ー、まだー?」
「もうちょっと待って!御桜、お弁当持った?」
「持ってるよ。もう準備万端だからー。」
季節は春。木曜日の昼下がり。
2人が出会ってから、十数回目の春がやってきた。
「もう私お腹減って死ぬ。」
「ごめん!ただ今準備完了しました!」
「たくっ、すぐそこの公園で花見するってだけで、なんでそんな準備に時間かかんの?」
「む。すぐそこだからって手を抜いてると、すぐオバサン化するよ。」
「ぎくー。その言葉は痛いっすわ、天さん。」
「もうちょっとで三十路なんだよ。」
「それ、言わないで〜。」
マンションの共用玄関から外へ出ると、眩い日差しに包まれる。
「はーいい天気!やっぱりお花見で正解だったね。」
「うん。プチピクニック!」
「天、昨日夜遅くまで仕事してたみたいだけど、眠くない?」
「結局昼近くまで寝てたし、大丈夫。でも、昨日頑張ったおかげで御桜と出掛けられて良かった。」
「そうだね。お疲れ様。私が休みでラッキーだったね。」
「普段練習あるのになんで今日休みなの?」
「こないだの試合のご褒美、的な?」
「的な?ってよくわかってないじゃん。」
「だって予定表に休みって書いてあっただけだしー。」
ケラケラと笑い声が響く。
近くの公園までは徒歩5分。天と御桜が2人で借りるマンションを選んだ時、近くに公園や緑地が多い場所を選んだ。もう少し歩けば近くに大きな公園があるが、このこぢんまりとした公園を気に入っていた。それは、どことなく2人が通っていた高校の屋上に似ているからかもしれない。
「おおー!見事に満開だね!」
その公園の真ん中には、公園の大きさには似つかわしくないほど大きな桜の木がある。その桜が丁度見頃を迎えたというのでお花見に来たのだ。
見頃だと教えてくれた近所に住む面倒見のいいおばさん曰く、今年は暖冬だかの影響で遅咲きらしい。確かに例年より、お花見に来るのが1週間ほど遅い気がする。
桜の木を囲むように3つ置かれたベンチの、1番日当たりのいいベンチの横に車椅子をつける。
車椅子バスケットボールの選手をしている御桜は普段は難なく1人でずいずい動き回っているが、こうして天と2人で出掛ける時は、天に甘えて押してもらっている。
ストッパーをかけて天はベンチに腰掛ける。
「はい、お弁当。膝掛けいる?」
「ありがとう。膝掛けは御桜が使いな。」
御桜が荷物カゴからお弁当を引っ張り出す。
風呂敷に包まれたお弁当を開けると、アルミホイルに包まれたおにぎりが3つ現れた。
「右から、おかか、梅、ツナ。それから、はい、海苔ね。今日は特別にデザートにイチゴもあるよ。」
「特別って洗うだけじゃん。」
「見よ、ちゃんとヘタを切り落としてあるのだ!」
「おお!ほんとだ。」
昨夜ほぼ徹夜で仕事を上げた天がお昼まで寝ている間に御桜がお弁当を作ってくれていた。御桜は料理ができない。正確には、包丁と火が使えない。トラウマがあるわけでも、不器用なわけでもないのにこれだけはどんなに試しても上手くいかない。ただその代わり、おにぎりには米から塩、具まで、やたらと拘っている。実際、御桜のおにぎりは絶品だ。
「頂きまーす。」
「うん。美味しい!」
2人揃ってかぶりつく。
それからは花より団子。さほど喋ることもなく、黙々と食べ進めていく。
「はい、イチゴ。」
大分食べ進めた頃、徐に御桜がタッパーを取り出した。
ゴロゴロ入っているイチゴは小ぶりだが赤く、ツヤツヤしていた。カラフルなピックが2本刺さっている。
その一つを取る。
珍しく御桜が包丁を使ったというので、そのイチゴをマジマジと見てみる。
実の3分の一くらいが切り落とされている。
苦手なのに、食べやすいようにと包丁を握る御桜の様子が目に浮かんで思わず笑みが溢れた。
「あ、笑ってる!切りすぎって言いたいんでしょ!私だって勿体ないことしちゃったなって思ってるよ。あーやっぱり切らなければよかった。」
「あはは。そんなことないよ。食べ易くていい。ありがとう、御桜。」
「そう?天がそう言ってくれるならまいっか!」
御桜は切り替えが早い。
おにぎりもイチゴも食べ終わって一息つく。本来の目的である桜を見上げると、丁度風が吹いて、幾らか花びらが宙に舞った。
「綺麗だね。」
顔は向けないけれど、御桜も桜を見上げていると思った。
「うん。」
天の手にそっと温かな体温が重なる。
天もその手を握り返すと、2つの体温が混ざり合って、1つになった。
桜を見る度に、あの日、もう10年近くも前に見た病院の裏庭に咲いていた桜を思い出す。
あれから、沢山の月日が流れた。
嬉しいことも、悲しいことも、悔しいことも、数えきれないほど、あった。
しかし、どんなことがあっても御桜の手は離さなかった。目線の高さは変わっても、2人で手を繋いで、同じ方向を向いて、歩いて来た。
ここまで十数年、これから何十年。
未来のことなんか何も分かりはしないけど、
ーーねぇ御桜。
甘いも、苦しいも、愛しいも、全て貴女のためにある。
貴女は春のかぜに導かれてやってきた。
何度でも、桜の季節になったなら、貴女と手を繋いでーー。
完
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