プロローグ

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プロローグ

 真新しい制服に包まれた少女たちの身体は、まだ幼さを色濃く残していた。つい1月前までランドセルを背負っていたその身体は、名門女子校の制服にすっかり着られてしまっている。    体に不相応な布を纏わりつかせた少女達は皆一様に緊張の面持ちを浮かべていた。    麗らかな春の日の事である。      佐薙天は小柄な体を座席に収め、しきりに眼鏡を押し上げていた。 緊張が全身から滲んで見えるが、ここにいる人間の三分の一、およそ百名程度が全く同じ状態にあるので、天一人が浮いて見えるということは決して なかった。  むしろ、緊張を滲ませていない人の方が浮いて見えるほどであった。  そして、天の横にはその浮いてる人間が正に座っているのだ。    長い髪を一つに結った横顔は、横からでも分かる程に整っている。色白の肌に、ガラス細工のような繊細な睫毛が影を落としていた。    瞼を閉じていなければとてもじゃないがこんなにじろじろ見ることもできなかった。    彼女は眠っていた。天のすぐ右隣だから、出席番号は天の前である筈の美少女は、あと十分で入学式が始まるというのに、穏やかな表情を浮かべてぐっすりと寝こけている。大した 肝の据わりようだと、そんな場合でもないのに天は密かに感心していた 。  天は少女を見つめ続ける。騒つく講堂の中、規則的な寝息が聞こえてくるようだった。    全ての神経で隣からの呼吸を感じる。耳に水が溜まって行くように、だんだんとざわつきが遠ざかる。 穏やかなリズムを刻む寝息と、自らの鼓動が頭の中に反響する。 ぬるい水の中にプカプカ浮かんでいるような心地がする。天はそのまま心地いい波の中へと身を委ねるように意識を手放した。    肩を叩かれる感触がする。安らかな眠りから引っ張り出され、天は数度瞬いた。やっと視界がはっきりすると、 目の前では既に入学式が始まっていた。一瞬訳がわからず、ポカンとする。    横からの声で我に返った。   「おはよう。よく寝てたね。」  笑みを含んだ声に右横を向くと、 「この状況で昼寝ってすごいね。」 声の主は先程まで天の隣りで寝ていた美少女だった。嫌味のない声音に恥ずかしさがどっと押し寄せる。 「あ、あなたに釣られたんですっ。」 赤くなった顔を隠すように俯く。 「そっか私も寝てたね。じゃあ私もすごいってことかー」    横からのあっけらかんとした台詞に思わず振り向く。 目が合うとにっこりと悪戯っぽい笑みを浮かべられた。釣られて天も笑顔になる。 「そうかも。」  お互いにクスクス笑い合う。  その時も、入学式は粛々と行われ、丁度校長先生が話し始めた時だった。
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