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とある夜のこと、時計の針は深夜1時を回った頃だろうか。
都会の住宅街を1人歩く男がいた。がっしりした体型のその男は、高級そうなスーツに身を包み、鋭い眼光をで前方を睨みつけながら早足で歩いている。時折、道を照らす街灯があると、男はその光を嫌うように目の前に手をかざして先を急いだ。
どのくらい歩いていただろうか。男はとある学校の前で足を止めた。深夜なのでもちろん門はしっかりと閉じていたが、男はそれを軽々と乗り越え、学校の中に侵入した。
住宅街には街灯があったため、学校の中には一切の照明がなく、月明かりだけがただ男を照らしているのみだった。
そもそもこの学校はしばらく前に廃校になったのか、校門の先の校庭も荒れ果てている。このあたりには少子化の影響で廃校になった学校が多く残っていた。
男は校庭を横切り、割れた窓から校舎に入った。校舎内は真っ暗だったが、男は夜目がきくのか迷わずに歩を進め、階段を昇っていき屋上にたどり着いた。
「ふぅ……」
男は息を吐くと、真上に光る満月を見上げた。そして再び息を吸い……
ウォォォォォォォッッ!!!
犬の遠吠えのような声が辺りに響いた。犬というより狼だろうか。
気づくと男の容姿は変貌し、顔や手足は毛むくじゃらになっていた。
男には名前があった。人間社会では『西山大河(にしやまたいが)』と呼ばれていたが、今はあえてこう呼称しようか、『狼男』と。
「ったく、相変わらずうるせえな……」
そんな声がして狼男が振り向くと、すぐ後ろに大学生くらいの青年が立っていた。
青年のさらに後ろには高校生くらいと30代くらいに見える2人の女性の姿があった。
もちろん彼らも『普通の』人間ではない。
人間社会には人知れず『普通の』人間に紛れて生活している『人ならざる者』が存在する。『狼男』の他にも、『吸血鬼(ヴァンパイア)』『妖精(フェアリー)』『霊狐』『雪男(イエティ)』『人魚(マーメイド)』『天狗』『河童』『シャドーピープル』等、伝説の生物から未確認生物と呼ばれているものまで、実にバラエティー豊かなものが古くから人間と共存しながら生きてきたのであった。
「……揃ったか」
狼男がそう言うと、青年は「ふんっ」と鼻を鳴らし、着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。
バサッ!と傘が開くような音がして、青年の背中に黒い翼が広がる。青年にも名前があった。が、今『吸血鬼』と呼びたい。
「我らもだいぶ少なくなってしまった。ついに4人だけになってしまったとはな」
狼男がしみじみと言った。
そもそも慣れない人間社会で異形のものが正体を隠しながら生活していくのはそれだけで苦労が伴う。正体がバレればその時点で人間に恐れられ、危害を加えられる可能性が高い。ある者は日々変化をする人間社会に対応出来ずに人目につかない秘境にひっそり身を潜め、ある者は人間に果敢に立ち向かい、始末されたりして、徐々に数を減らしていったのであった。
「じゃあ近況報告すっかぁ」
吸血鬼が口を開き、連れの2人の女性を見回した。
すると、少女の方が小さく手を挙げる。
「あの、私からいいですか?」
「どうぞ」
「おかげさまで最近は食欲も抑えられて、人間にはバレずに過ごせてます。……でも、たまには生きた人間が食べたいかなぁ……」
少女は少し恥ずかしそうに言う、彼女は俗にいう『ゾンビ』であった。
「いんじゃないかしら?たまになら。あたしだってたまに男食べてるし」
そう言ったのはもう1人の女性、彼女は『サキュバス』という。
彼らは自分の欲望にある程度抗うことができるほど自我がはっきりしているらしい。稀な存在だ。だから今まで人間社会で生きることができたに違いない。
狼男も口を開いた。
「私は今のところなんの問題もない。なにせ満月の夜に変身するだけだからな」
「そっか、じゃあ最後は俺だな。聞いて驚くなよ?」
吸血鬼はもったいをつけてから
「実は俺、この間久しぶりにたらふく血を飲んだんだぜ?」
と、得意げに話し出した。
「あら、また動物の?」
と、どこかバカにするような口調でサキュバスが尋ねる。
「いや、人間だ」
その言葉に他の3人は息を飲んだ。
「嘘だろ……どうやって……」
「病院だよ。あそこには輸血用の血がたくさんあってな。ちょっくらいただいたのさ」
「ダメじゃないですか!」
とゾンビ。ただでさえ血の気のない彼女の顔はさらに青くなっていた。人間社会で生きる異形にとって犯罪行為はタブーである。捕まれば正体がバレる危険が高まるからだ。ゾンビもサキュバスもそれを理解し、牛や豚の生肉を食べることや、風俗などで男性客を相手することなどで上手く欲望を満たし、犯罪行為は避けてきた。
「いいか、よく聞けお前ら」
しかし吸血鬼は得意げに続ける。
「俺は人間を支配してやる。…吸血鬼が噛み付いた相手は吸血鬼になるんだ、そうやって徐々に仲間を増やし、人間どもを飲み込んでやる」
「おい待てよ、そういうことを考えて人間に牙を向けたやつが今まで何人いたと思ってるんだ。…しかし結果はどうだ?人間はいまも世界中で繁栄し、滅びゆくのは我々の方だぞ?」
狼男も慌てて口を挟んだ。他のゾンビとサキュバスも、うんうんと頷く。しかし吸血鬼は
「腰抜けどもめ」
と一蹴した。
「お前らが協力しないならそれでも構わねぇ。俺は1人でやるから」
実際彼は歴代最強の吸血鬼と言われている個体であった。彼であればあるいはと、ここにいる皆がどこかで思わないこともなかった。しかし、吸血鬼以外の3人には今まで人間社会で暮らしてきて得たもの、仲良くなった人間、大切な思い出などが少ないながらもあった。それは1人で生活していては理解できなかったものに違いなかった。
その迷いを感じとってか、吸血鬼は更に吐き捨てるように続けた。
「どいつもこいつも人間に毒されやがって、恥を知れよ!」
「……」
「会合は今日で最後にしよう。俺はこれから人間を滅ぼしに行く」
そう言い捨て、吸血鬼が立ち去ろうとした時、その前に立ち塞がる者がいた。
「悪いがお前の思い通りにはさせない」
狼男はそう言うと、吸血鬼を正面から睨みつけた。
「今まで人間と一緒に上手く生活してきたじゃないですか!」
「久しぶりに人間の血を吸って、狂ってしまったのかしらね」
ゾンビとサキュバスもそう言って吸血鬼の前に立ち塞がる。
「やれやれ、邪魔をするならお前らから始末するぞ」
「やれるものならやってみろ」
いかに最強の吸血鬼とはいえ、相手は3人。戦力差は歴然のはずだった。
一方的な殺戮が始まった。
キシャァァァッ!!!ギャァァァァ!!!グワァァァ!!!
人ならざる者の叫び声、そして血や臓腑の飛び散る音、何かが地面に崩れ落ちる音がひとしきり廃校舎に響き渡った。
「……雑魚どもめ」
月明かりに照らされ、返り血を浴びて立っていたのは吸血鬼だった。彼はかすり傷ひとつ負っていない。彼の周りには先程まで言葉を交わしていたはずの『モノ』が無残な姿を晒していた。
「さてと……ん?」
吸血鬼は首を傾げる。血溜まりの中から彼の右足を掴む者がいた。
「そっかぁ、ゾンビだもんな。再生するよなぁ」
吸血鬼が爪を一閃すると彼の足を掴んでいた少女の手は細切れになった。しかし今度は左足にゾンビの頭部が噛み付く。
「ちっ、しぶといやつ……め?」
吸血鬼がゾンビの頭部を粉々にしようとすると、ふと体に違和感を覚えた。
腕がおもうように動かない。
そう、ゾンビは噛み付いた相手を感染させ、ゾンビにしてしまう。そして、ゾンビと吸血鬼はその特徴の類似から、1個体の中に特性が共存することはできない。
要するに、ゾンビは吸血鬼になれないし、吸血鬼はゾンビになれないのである。もしそうなろうとした時、待っているのは破滅であった。
「お、おれはこんなところで……が、ガァァァァッ!!??」
吸血鬼……だったものは、そんな断末魔の叫びを上げながら、砂のように、文字通り崩れ去ったのだった。
月明かりに照らされた廃校舎。
その屋上には1人の少女がいた。
彼女は屋上のフェンスに体を預けながら1人月を眺める。
吸血鬼とゾンビは相容れない。
それで吸血鬼を倒すことができたが、それはゾンビにも同じことだ。
「あぁ……」
彼女は自分に終わりが近いのを感じていた。
「……これでいいんだよね」
そう言うと、ゾンビは跡形もなく崩れ去った。
こうしてまた、人間は知らず知らずのうちに滅亡の危機を脱していた。
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