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達成されたと由姫が言ったとき、僕は安堵で力が抜けてしまい、顔を肩に落とした。
僕が何をしたのかは分からないけれど、とりあえず由姫の命は救われたらしい。明日と言われたときは冷たい手がもっと冷たくなって腐れるんじゃないかと思ったけれど、本当に良かった。
「その契約内容って、何だったと思う?」
由姫が含み笑いをする。面白おかしく、心の底から楽しそうに、由姫は声を上げた。
「なんとね、『悩みをなくすこと』だったの。悪魔なのに、人を良い方向に導いてるのよ、それを聞いたとき私、本当に笑っちゃった」
「悪かったね、悪魔にも色々いるんだよ。ボクのような悪魔がいたって不思議じゃないのが、今の世の中なの」
初めて聞く黒江の声は不貞腐れていたが、確かに、悪い人、いや悪魔ではないらしい。
「ねえ、由姫。僕ら、最初からやり直そっか」
そろそろ時間であることが、直感的に伝わった。もうあまり、時間がない。
「僕らは、逃げた。相手に会って聞くだけなのに、それから逃げてすごく遠回りをした。そして僕は、こんなこと言ったら神サマに失礼だけど、代償に記憶を失う」
「……そんな……」
「その後のことは、由姫の自由だ。捨ててもいいし、とてつもなくひどいことをしてもいい。でも、これだけは言わせてほしい」
由姫の肩に手をかけ、自分の体から離す。正面から由姫の瞳を見据えできるだけ強い視線をして、僕は口を開いた。
「もう、逃げないで。目の前に逃げる道があったとしても、逃げるという行為は不幸にしかならない。現に、僕らはこうなった。だから――もう何事にも逃げないで、真っ直ぐに、いろんな事に、向き合って」
ぼーっとしてた瞳はだんだんと意思を宿し、最後には力強く頷いた。
「そう……なら、僕にはもういう事なんてない。さよならだ」
「待っ……」
最後の最後に、僕は由姫にキスをした。少し長めの、キスを交わした。
そんな年でもないのに二人とも赤くなり、笑い合って見つめ合い、そうして僕は――記憶を、失った。
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