第二章 月明かりの中で

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第二章 月明かりの中で

 リラはパパにつれられ、まるい月のきらめく夜空にまいあがった。  パパは片方のつばさだけで見事に夜風をとらえ、高く高く空を飛んだ。 553d10e7-2df6-48f1-9f7e-ce346c139a90 「こわいかい?」  パパにたずねられ、リラは首をふった。 「いいえ、ちっとも」  本当にこわくなんかなかった。  パパのつばさの中はあたたかく、はるかずっと下のほうに見える街は、まるでビーズのようにきらめいていた。  やがてパパは森の中の、一番高い木を見つけると、そのてっぺんの一番太い枝を選んでリラを座らせた。  そして自分もリラのとなりに羽を休めた。 「どうだった?」 「とても楽しかったわ、パパ。まるでパパと同じ鳥になったみたいだった!」  リラはとても興奮していた。そして、自分が何年かぶりに笑っていることに気がついた。 「ねぇ、パパ。鳥になるってすてきね」  うっとりとリラが言うと、パパはやさしく目を細めた。 「今夜は特別だからね」  ふたりのからだを、大きな月が照らしだしていた。 「何だかとっても自由な気分だわ。飛んでいれば、寂しい気持ちなんてまるで感じないもの」 「寂しい」と言ったとたん、リラはまた悲しい気持ちになってしまった。 「わたしも鳥になりたいわ。パパ、わたしはとても寂しいの。わたしも鳥になってパパと行きたいわ」  パパは静かに首をふった。 「いけないよ、リラ。きみはこれからまだたくさんのことを学ばなければならないんだ。それにそんなことになったら、ママがどんなに悲しむか知れないよ」 「でもママはずっと眠っていて、わたしがどんなに呼んでも目を覚ましてくれないのよ。わたしが鳥になったってわかりっこないわ!」  リラはずっとがまんしていた感情が、いっきに爆発するのを感じた。気持ちをおさえきれず、大声で泣き出した。  パパはリラをやさしくつばさの中に抱きいれ、あやすようにゆっくりとリラのからだをゆすった。  泣きたいだけ泣くと、やがて悲しみにあふれた心は、心地よいゆりかごの中にいるような安心感に変わった。  リラの涙はすうっと引いていった。 「ねぇリラ、パパのあとについて飛んでごらん」  パパはそう言うと、リラをうながして木の枝に立たせた。 「そんなことできないわ」  リラは大きく目を見開いて、パパを見つめた。 「だってわたし、パパみたいにつばさがあるわけじゃないもの。落っこちてしまうわ」 「だいじょうぶ。パパを信じて」  パパの力強い声に背中を押され、リラはおそるおそる枝のいちばん先端に立った。  地面ははるか遠く暗闇の中で、まったく見えない。 「やっぱりだめ! こわいわ!」  尻込みして、リラはしゃがみこんだ。 「下を見ないで。上だけを見るんだ」  もう一度リラはゆっくり立ち上がった。パパの言う通り、上だけをじっと見た。 「目を閉じて、両手を大きく広げて、深く呼吸をするんだ」  リラはまた言われた通りにした。  深く呼吸をするたびに、リラの心から恐ろしさはなくなって、ふしぎな静けさがひろがっていった。 「今だよ。さぁ、思いきって飛んでごらん」  リラはありったけの勇気をふりしぼって、枝をけるようにしてジャンプした。リラのからだは一瞬ガクンと地面のほうにひっぱられた。 「きゃあ!」 「だいじょうぶ。両手をはばたかせてごらん!」  リラは一生懸命に、両手をつばさのようにバタバタと動かした。  その時、勢いよく風が吹いて、リラのからだは強い腕に抱き上げられたかのように、高く夜空にまいあがった。 「パパ、見て! わたし飛んでいるわ!」  気がつくと、リラの両腕は白いつばさになっていた。  リラはそのつばさでうまく風をとらえては、上昇気流に乗ってより高くまで飛びあがった。  金色にかがやく月は、いつもよりずっと大きく、リラのすぐ頭上に見えた。 「わたし、鳥になってる!」  リラは大きな声で言った。自分の力強さを、こんな風に感じるのは生まれてはじめてだった。  どこまでも高く、どこまでも遠く、いつまでも飛んでいられそうだった。  パパはリラの後ろを飛んでいたが、つばさをひとつ大きくはばたかせると、リラの目の前にすっとやってきた。  そして、リラをほこらしそうに見た。 「じょうずだよ、リラ。よく勇気をだしたね。やっぱりリラはパパのむすめだ」  リラはうれしくてたまらなかった。 「リラ。パパについておいで」  リラは月明かりの夜空を、パパの後ろについて軽やかに飛んで行った。
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