41人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
第二章 月明かりの中で
リラはパパにつれられ、まるい月のきらめく夜空にまいあがった。
パパは片方のつばさだけで見事に夜風をとらえ、高く高く空を飛んだ。
「こわいかい?」
パパにたずねられ、リラは首をふった。
「いいえ、ちっとも」
本当にこわくなんかなかった。
パパのつばさの中はあたたかく、はるかずっと下のほうに見える街は、まるでビーズのようにきらめいていた。
やがてパパは森の中の、一番高い木を見つけると、そのてっぺんの一番太い枝を選んでリラを座らせた。
そして自分もリラのとなりに羽を休めた。
「どうだった?」
「とても楽しかったわ、パパ。まるでパパと同じ鳥になったみたいだった!」
リラはとても興奮していた。そして、自分が何年かぶりに笑っていることに気がついた。
「ねぇ、パパ。鳥になるってすてきね」
うっとりとリラが言うと、パパはやさしく目を細めた。
「今夜は特別だからね」
ふたりのからだを、大きな月が照らしだしていた。
「何だかとっても自由な気分だわ。飛んでいれば、寂しい気持ちなんてまるで感じないもの」
「寂しい」と言ったとたん、リラはまた悲しい気持ちになってしまった。
「わたしも鳥になりたいわ。パパ、わたしはとても寂しいの。わたしも鳥になってパパと行きたいわ」
パパは静かに首をふった。
「いけないよ、リラ。きみはこれからまだたくさんのことを学ばなければならないんだ。それにそんなことになったら、ママがどんなに悲しむか知れないよ」
「でもママはずっと眠っていて、わたしがどんなに呼んでも目を覚ましてくれないのよ。わたしが鳥になったってわかりっこないわ!」
リラはずっとがまんしていた感情が、いっきに爆発するのを感じた。気持ちをおさえきれず、大声で泣き出した。
パパはリラをやさしくつばさの中に抱きいれ、あやすようにゆっくりとリラのからだをゆすった。
泣きたいだけ泣くと、やがて悲しみにあふれた心は、心地よいゆりかごの中にいるような安心感に変わった。
リラの涙はすうっと引いていった。
「ねぇリラ、パパのあとについて飛んでごらん」
パパはそう言うと、リラをうながして木の枝に立たせた。
「そんなことできないわ」
リラは大きく目を見開いて、パパを見つめた。
「だってわたし、パパみたいにつばさがあるわけじゃないもの。落っこちてしまうわ」
「だいじょうぶ。パパを信じて」
パパの力強い声に背中を押され、リラはおそるおそる枝のいちばん先端に立った。
地面ははるか遠く暗闇の中で、まったく見えない。
「やっぱりだめ! こわいわ!」
尻込みして、リラはしゃがみこんだ。
「下を見ないで。上だけを見るんだ」
もう一度リラはゆっくり立ち上がった。パパの言う通り、上だけをじっと見た。
「目を閉じて、両手を大きく広げて、深く呼吸をするんだ」
リラはまた言われた通りにした。
深く呼吸をするたびに、リラの心から恐ろしさはなくなって、ふしぎな静けさがひろがっていった。
「今だよ。さぁ、思いきって飛んでごらん」
リラはありったけの勇気をふりしぼって、枝をけるようにしてジャンプした。リラのからだは一瞬ガクンと地面のほうにひっぱられた。
「きゃあ!」
「だいじょうぶ。両手をはばたかせてごらん!」
リラは一生懸命に、両手をつばさのようにバタバタと動かした。
その時、勢いよく風が吹いて、リラのからだは強い腕に抱き上げられたかのように、高く夜空にまいあがった。
「パパ、見て! わたし飛んでいるわ!」
気がつくと、リラの両腕は白いつばさになっていた。
リラはそのつばさでうまく風をとらえては、上昇気流に乗ってより高くまで飛びあがった。
金色にかがやく月は、いつもよりずっと大きく、リラのすぐ頭上に見えた。
「わたし、鳥になってる!」
リラは大きな声で言った。自分の力強さを、こんな風に感じるのは生まれてはじめてだった。
どこまでも高く、どこまでも遠く、いつまでも飛んでいられそうだった。
パパはリラの後ろを飛んでいたが、つばさをひとつ大きくはばたかせると、リラの目の前にすっとやってきた。
そして、リラをほこらしそうに見た。
「じょうずだよ、リラ。よく勇気をだしたね。やっぱりリラはパパのむすめだ」
リラはうれしくてたまらなかった。
「リラ。パパについておいで」
リラは月明かりの夜空を、パパの後ろについて軽やかに飛んで行った。
最初のコメントを投稿しよう!