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第一章 夜の訪問者
リラはもうずっとひとりだった。
眠るときも、食べるときも、遊ぶ時も、いつだって広い家のなかで、リラはたったひとりだった。
外国船の船長だったパパは、リラが今よりずっと小さいときに、船ごと嵐にのまれていなくなってしまった。
ママはリラに「パパはカモメになったのよ」と教えてくれたけれど、リラの住む町から海はとてもはなれていて、ただの一羽もカモメはやって来ない。
パパがカモメになってしばらくすると、ママは重い病気になってしまった。
ママは町の病院で 毎日眠って過ごしている。リラの呼びかける声にも 目を覚まさない。
ある朝、リラはいつものように髪をとかそうとして、ブラシをなくしてしまったことに気がついた。
パパがカモメになる前に、航海のおみやげにくれたものだった。
そのブラシで髪をとかすと、パパの手で頭をなでてもらっているような気がして、リラはそれを大切にしていた。
ブラシを最後に見たのは、ママの病院に持って行った時だった。
ママがいつもリラにそうしてくれていたように、そのブラシでママの髪をとかしてあげれば、眠り姫が長い眠りからめざめるようにママのひとみもひらくのではないかと思ったのだ。
けれどママのひとみはひらかず、ブラシもなくしてしまった。
リラはかなしくて、かなしくて、シクシクと泣いた。
涙はあとからあとからあふれてとまらなかった。
その夜、リラは泣きはらした目でベッドにもぐりこんだ。
けれど、いつまでたっても眠りはリラを訪れない。
突然、コツコツと窓をたたく音がして、リラは起きあがった。
見ると、一羽の大きなカモメが窓の外にいて、そのくちばしでガラスをコツコツとたたいているのだった。
カモメはとても大きくて、リラは一瞬こわくなった。
けれど、金色の月の光に照らされたカモメの黒いひとみのなかに、どこかなつかしく、やさしい色が宿っていることに気がついた。
「パパ?」
リラは思わず窓にかけより、ガラス戸をあけた。
「こんばんは、リラ」
カモメがリラの名を呼んだ。
それはまぎれもないパパの声だった。
「パパ! やっぱりパパなのね!」
リラはさけぶように言った。
リラの目からは、またあたらしいなみだがこぼれ落ちた。
「リラ、ごめんよ。きみやママを置いて行ってしまわねばならなったこと、ほんとうにすまなく思っているよ。パパもとてもつらかった」
「わたし、ずっとひとりぼっちよ。ママも病気になってしまって……」
「わかっているよ」
パパはつばさを広げ、リラをそっと胸に抱きよせた。パパのからだはふかふかした羽毛におおわれていて、とてもあたたかく、かすかに潮のにおいがした。
「さぁ、リラ。いいところに連れて行ってあげよう」
パパはそう言うと、片方のつばさでリラを抱いたまま、もう片方のつばさを力強くはばたかせた。
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