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 目覚まし時計のアラームに気付き、僕は目を覚ました。   全身をなんとも言えぬ気怠さが包んでいる。何か嫌な夢でも見たのだろうか。身体は寝汗でぐっしょりとしていた。  重い身体を引いて階下へ降りると、リビングのテーブルにはベーコンエッグやサラダが用意されていた。  「あ、起きた?おはよう。朝ご飯そこね。お母さん、もう仕事行っちゃうけど」  「うん、わかった」  正直あまり食欲がないんだよな、と心の中でひとりごちる。  「……大丈夫?なんだか顔色が悪いみたいだけど」  「ああ、うん。大丈夫」  「無理しちゃダメよ。辛かったら学校休みなさいね」  「わかったよ。いってらっしゃい」  休みなさいよ、か。息子が高校生になっても、ちょっと過保護な親だよなと思う。  心配そうな母親を見送り、リビングに戻ると窓の外へ目をやった。空はどんよりとした灰色をしている。今日は雨かもしれない。  食卓に着くと、リモコンを手にテレビの電源を入れた。神妙な面持ちのニュースキャスターの声が流れてくる。  『昨夜、A市A町の交差点で三十代の男性が居眠り運転をしていたトラックにはねられ、搬送先の病院で死亡が確認されました……目撃者の情報によると、男性は信号が赤に変わった直後に車道へ入り、直後近付いてきたトラックに気付いてからも変わらぬ様子で歩き続け……警察は一連の防衛本能を欠いた行動からこの男性が欠防症であった可能性が高いとし……比較的初期段階で自覚症状がまだなかったのではないかと……確認されればこの男性が国内では50件目のケースとなり、年々増加の一途を……』  テレビから流れてくる音をなんとなく聞きながら、作り置きされたベーコンエッグの黄身にフォークを入れると、どろっと中身が流れ出した。その様子に何故か気分が悪くなった僕は、フォークを置くと慌ててシンクで水を喉に流し込んだ。  やはり今日は体調が悪いのだろうか。更に食欲が無くなってしまった僕は、その後サラダを一口だけ食べると、いつも通り薬を飲み、母親への罪悪感を抱きながら残した朝食を全て捨てるのだった。    体調不良から今日は学校を休む―――なんてことはせず、結局いつもと変わらぬ時間に校門をくぐり、同じ制服を着たクラスメート達と挨拶を交わしていた。  多少体調が悪くとも休まず学校に来るのは、単に自分が真面目な性格だからというだけではない。簡単に言うと、僕もその辺にいる思春期の男子高校生と変わらない、というわけである。  今日もその姿が、教室の扉を開けて現れるのを心待ちにしてしまう。  及川つかさ。  長く真っ直ぐな黒髪と、少し力を加えれば折れてしまいそうな華奢な体に、透き通るような白い肌。  中学二年生の時に転校してきた彼女とは、四年間同じ学校に通っていることになる。  彼女を意識し始めたのはいつからだろうか。持病を抱えていた彼女は、学校を休むことも多く、物静かであまり誰とも仲良くすることはなかった。なんとなく他の同級生より大人びた瞳が、窓の外をただ眺めている様子が強く印象に残っている。  僕はそんな彼女をただ眺めてばかりだった。会話らしい会話をした記憶はあまりない。いや、そんな情けない僕でも一度だけ勇気を出したことがあったはずだ。でも、それはいつのことだっただろうか。あれは、たしか―――。
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