二 二日酔いに沈む

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二 二日酔いに沈む

 ぱちん、と頬を叩かれて、西郷慎吾は「んあ?」と間の抜けた声と共に眼を開けた。目に映ったのは、見慣れない天井と、一歳年上の、アバタだらけの見慣れた親友の顔。 「ええ加減に起きやんせ」  大山弥助は、呆れた声で言った。障子越しの光は明るい。  慎吾は身体を起こした。どうやら料亭の別室らしい。それにしても頭がひどく痛い。二日酔いなど、一体いつ以来だろう。 「わいな潰れっとは、珍しか」  大山は湯呑みを差し出してくる。中身はぬるい水だった。 「どいだけ呑んだがじゃ」 「………」  慎吾はずきずきと痛む頭で記憶を辿った。そういえば、三浦や鳥尾といった、奇兵隊時代からの有朋の古馴染みたちが、心得顔で有朋の昔話などするのが面白くなくて、こういうときは呑むに限る、と異国の酒をラッパ飲みしたのが効いたらしい。(それでもしっかり、二人とも潰したが。)しかも、その後は十八番の裸踊りだ。もっとも、踊り始めたところまでは覚えているが、その後の記憶が全くない。 「慎吾どん」  大山はため息をつきつつ言った。 「何な」 「わい、山縣さに「好きじゃー」ち何回も言いよったん、覚えとっがか」 「ぶはっ」  慎吾は口に含んでいた水を全部噴き出した。 「………わいなあ」  大山は呆れ果てた顔で、手ぬぐいを突き出す。 「おっ、好きっ、わい、山、ゲホッ」 「………落ち着いて喋れや」  大山は手ぬぐいで、慎吾の顔を拭く。ついでに、背もさすってくれる。 「安心せえ。山縣さは、ひとっかけらも本気にしよらんかった」  気管に水が入ったせいで涙目になって見つめる慎吾に、大山は冷然と言い放った。ひとっかけらも―――それでも親友か。 「あいは、脈ばなかで。とっとと諦めっが得策じゃ」 「………何して、そげん冷たいが」  頬を膨らませて言うと、大山は立ち上がり、寝巻きを脱ぎ捨てて言った。 「親切で言いよっがじゃ」  引き締まった身体に、手早く軍服を身につける。 「わいも、早う服ば換え。帰っど。素っ裸でぶっ潰れたわいを背に負うてこん部屋へ運んで、寝巻きば着せたんも山縣さじゃ。明日、ちゃんと礼ば言わんと」  親友から放たれたとどめの一撃に、慎吾は敢えなく撃沈され、頭を抱えて布団に沈没した。
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