2人が本棚に入れています
本棚に追加
3
今日もポカポカ陽気だ。それにしても眠い……。ふぁああ……カレンさんが呆れるほどの大きな欠伸を一つ。
隣に座ったチェリーも当然眠そうな顔をしている。ああ、僕までこんな顔になっちゃいそうだよ。
「今日はまだ起きとらんようだな」
おじさんが天井を指差して言った。ちょうど真上がバスターの部屋に当たるのだ。
「そうか……まだ機嫌が治っていないのかな」
「なんじゃ、喧嘩でもしたのかい?」
「ううん、そんなんじゃないよ。でも、ちょっと見てくる」
僕が席を立つと同時に、食堂のドアが開き、バスターが中に入ってきた。
「おはよう、遅かったね……どうしたの……その頭?」
バスターの髪の毛は、まるでバケツ一杯の血でも被ったかのように、真っ赤に染まっていた。
「どうだ? スプレーでやったんだ、似合うだろ?」
おじさんもカレンさんも目を丸くして驚いている。
先生がチェリーの金髪を褒めたもんだから、例のごとく対抗意識を燃やしたのだろう。目立てば勝ちとでも思っているのか、本当に単純な奴だ。
「バスター、いや見事な赤髪だ。そうだな、まるで花壇に咲いているチューリップを見ているようだよ」
テーブル中央の席に座った先生が、バスターの髪をマジマジと見てから、笑いをかみ殺して言った。
これには僕たち三人も堪らず吹き出し、室内は、あっという間に笑いの渦に包まれた。
欠伸と笑いで出てきた涙のせいで、そのときバスターが、どんな表情をしていたか僕にはわからなかった。
「さあ、今日はどんなことをして遊ぼうか!」
庭に出ると開口一番にバスターが叫んだ。
良かった、怒ってないみたいだ。さっきのことで、多少の罪悪感を覚えていた僕は、ひとまず胸をなでおろした。
「なあ、昨日テレビでボクシングの試合をやってたんだ。チェリー、おまえボクシングはしたことあるか?」
僕はとりあえずチェリーの首を横に振った。
「そうか、なら俺が教えてやるよ!」
バスターは唇を引きつらせて、こっちに近づいてきたかと思うと、矢庭に飛び掛かってきた。僕はチェリーに巻き込まれる形で、地面に倒れ込んだ。
「痛い! バスター、一体何を……お、おい!」
頭を起こして見ると、一方が一方に馬乗りになり、相手の顔面を殴打している。どちらがどちらかは言わずもがな。
「バ、バスター止めようよ。いくらチェリーでも、それはやり過ぎだよ」
「うるせえ! 手を放せラット! おまえは関係ねえ!」
こうなると、もう手はつけられない。まさに「バスター」の本領発揮だね。今の彼を止められるのは、先生の必需品ただ一つだろう。
「おい調子に乗るなよコラ! 先生に褒められたからって何だってんだ! いつまでも眠たそうな面しやがって俺を舐めてんのかよ! おいこら何とか言えよ!」
目が血走っている。これでも第三者の目には、茶番に映るのだろうか。
バスターは息を切らせて立ち上がると、人形の両足を掴み、ハンマー投げでもするかのようにグルグルと振り回した。
「どうだチェリー、悔しかったら昨日の俺よりも遠くへ飛んでみな! 出来るか? そらよ!」
回転軸から放たれた人形は、猛烈な速度で水平方向に飛び、煉瓦造りの花壇に直撃した。一方、投げつけた人間は悠々と花壇に向かい、植えられたチューリップを引っこ抜くと、大の字になった人形の頭へ思いきり叩きつけた。
「ざまあみやがれ!」
吐き捨てるように言うと、バスターはその場にへたり込んだ。
「気が済んだかい?」
後ろから声をかけても、バスターは肩で息をしたまま動こうとしない。自分が投げた人形の顔に、見入っているかのようだった。
「なあ、ラット……」
顔も向けずにバスターが呼びかけてきた。
「なあラット、俺って馬鹿だろ?」
「うん。えっ、あ、いや……」
「わかってんだよ、自分が馬鹿だってことが……。足し算も引き算も出来ねえし、文字だってろくに読めねえ……だけどよ」
「バスター?」
「だけどよ、ラット」
バスターがゆっくりと立ち上がり、こっちを向いた。
「こうなったら、人は死んでしまうもんだってことは……流石にわかってるぜ」
バスターの右手には、トレードマークの金髪を鷲掴みにされた、チェリーの首があった。
最初のコメントを投稿しよう!