チェリー

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          3  今日もポカポカ陽気だ。それにしても眠い……。ふぁああ……カレンさんが呆れるほどの大きな欠伸を一つ。  隣に座ったチェリーも当然眠そうな顔をしている。ああ、僕までこんな顔になっちゃいそうだよ。  「今日はまだ起きとらんようだな」  おじさんが天井を指差して言った。ちょうど真上がバスターの部屋に当たるのだ。  「そうか……まだ機嫌が治っていないのかな」  「なんじゃ、喧嘩でもしたのかい?」  「ううん、そんなんじゃないよ。でも、ちょっと見てくる」  僕が席を立つと同時に、食堂のドアが開き、バスターが中に入ってきた。  「おはよう、遅かったね……どうしたの……その頭?」  バスターの髪の毛は、まるでバケツ一杯の血でも被ったかのように、真っ赤に染まっていた。  「どうだ? スプレーでやったんだ、似合うだろ?」  おじさんもカレンさんも目を丸くして驚いている。  先生がチェリーの金髪を褒めたもんだから、例のごとく対抗意識を燃やしたのだろう。目立てば勝ちとでも思っているのか、本当に単純な奴だ。  「バスター、いや見事な赤髪だ。そうだな、まるで花壇に咲いているチューリップを見ているようだよ」  テーブル中央の席に座った先生が、バスターの髪をマジマジと見てから、笑いをかみ殺して言った。  これには僕たち三人も堪らず吹き出し、室内は、あっという間に笑いの渦に包まれた。  欠伸と笑いで出てきた涙のせいで、そのときバスターが、どんな表情をしていたか僕にはわからなかった。  「さあ、今日はどんなことをして遊ぼうか!」  庭に出ると開口一番にバスターが叫んだ。  良かった、怒ってないみたいだ。さっきのことで、多少の罪悪感を覚えていた僕は、ひとまず胸をなでおろした。  「なあ、昨日テレビでボクシングの試合をやってたんだ。チェリー、おまえボクシングはしたことあるか?」  僕はとりあえずチェリーの首を横に振った。  「そうか、なら俺が教えてやるよ!」  バスターは唇を引きつらせて、こっちに近づいてきたかと思うと、矢庭に飛び掛かってきた。僕はチェリーに巻き込まれる形で、地面に倒れ込んだ。  「痛い! バスター、一体何を……お、おい!」  頭を起こして見ると、一方が一方に馬乗りになり、相手の顔面を殴打している。どちらがどちらかは言わずもがな。  「バ、バスター止めようよ。いくらチェリーでも、それはやり過ぎだよ」  「うるせえ! 手を放せラット! おまえは関係ねえ!」  こうなると、もう手はつけられない。まさに「バスター」の本領発揮だね。今の彼を止められるのは、先生の必需品ただ一つだろう。  「おい調子に乗るなよコラ! 先生に褒められたからって何だってんだ! いつまでも眠たそうな面しやがって俺を舐めてんのかよ! おいこら何とか言えよ!」  目が血走っている。これでも第三者の目には、茶番に映るのだろうか。  バスターは息を切らせて立ち上がると、人形の両足を掴み、ハンマー投げでもするかのようにグルグルと振り回した。  「どうだチェリー、悔しかったら昨日の俺よりも遠くへ飛んでみな! 出来るか? そらよ!」  回転軸から放たれた人形は、猛烈な速度で水平方向に飛び、煉瓦造りの花壇に直撃した。一方、投げつけた人間は悠々と花壇に向かい、植えられたチューリップを引っこ抜くと、大の字になった人形の頭へ思いきり叩きつけた。  「ざまあみやがれ!」  吐き捨てるように言うと、バスターはその場にへたり込んだ。  「気が済んだかい?」  後ろから声をかけても、バスターは肩で息をしたまま動こうとしない。自分が投げた人形の顔に、見入っているかのようだった。  「なあ、ラット……」  顔も向けずにバスターが呼びかけてきた。  「なあラット、俺って馬鹿だろ?」  「うん。えっ、あ、いや……」  「わかってんだよ、自分が馬鹿だってことが……。足し算も引き算も出来ねえし、文字だってろくに読めねえ……だけどよ」  「バスター?」  「だけどよ、ラット」  バスターがゆっくりと立ち上がり、こっちを向いた。  「こうなったら、人は死んでしまうもんだってことは……流石にわかってるぜ」  バスターの右手には、トレードマークの金髪を鷲掴みにされた、チェリーの首があった。  
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