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あれからバスターは、部屋に閉じこもったまま出てこなくなり、チェリーはもげた首ごと長押に入れられ、納戸に仕舞われた。
僕はこの日も、朝から庭で一人の花相撲。先生はチューリップを植え直し、花壇の手入れに勤しんでいる。その隣ではおじさんが、舞い散る桜の花弁を、愛でるように眺めている。食堂の窓越しに、カレンさんがテーブルを拭いているのが見えた。
視線を上に移すと、バスターの部屋の窓が見える。でも、相変わらずカーテンは閉まったままだった。
「ここ置いておくからね」
その日の午後、僕はバスターの部屋の前まで来ると、まるで手のつけられていない朝食を盆に乗せ、代わりに昼食を置いた。予想通り、ドアには鍵がかかっていた。
「バスター、少しは食べないとだめだよ」
「なあ、ラット」
ドアの向こうから掠れた声がした。さすがにまだ死んでないか。
「なあラットよ、幽霊を見たことはあるか?」
「ゆうれい?」
「ああ、幽霊だよ……昨日の夜な、コツコツとドアを叩く音が聞こえたんだ。誰かと思って鍵穴を覗くと……チェリーがこっちを見てたんだ」
「チェリーが? そんな馬鹿な!」
「馬鹿なもんか! あの寝ぼけた面は間違いなく奴だった。この前の仕返しをするために化けて出てきたんだ!」
突然、ドシンドシンと壁やドアを叩く音が鳴り響いた。部屋中の物を、手当たり次第に投げつけているのだろう。
「落ち着いてよ! 君が見たのはきっと幻だ。いや、この時期なら蜃気楼といったほうがしっくりくるかな、でもあれは一定の条件が揃わないとだめか……」
「じゃあ、やっぱり幽霊だったんだあ! ごめんよチェリー! アーメン!」
部屋からは、お祈りだか呪詛だかわからないような叫びが続いた。余程に追い詰められているとみえる。
それから毎晩バスターの呻き声が、彼の部屋から聞こえてくることとなった。
チェリーの出てくる夢にでもうなされているのだろう。ならいっそ、あれの正体を教えてあげてしまおうか……。でも、あいつには人と人形の区別がつかないから、言うだけ無駄だろう。
「何だ、まるで本当に幽霊とでも話しているみたいだ」
ある日、おじさんがドアを合鍵でこっそり開け、部屋の様子を見て言った。僕も続いて中を覗くと、虚ろな目をしたバスターがベッドに腰掛け、ブツブツと独りごちているのが見えた。
青白くほっそりしていた顔は更にやつれ、こけた頬と相まってか、自分こそが恐怖映画に登場する亡霊みたいだった。
「もう、長くはないかもな」
その顔を見たおじさんが、寂しそうに呟いた。
「そんな……縁起でもない……」
そうは言ったものの、彼の顔にだんだんと、死相のようなのが浮き出てきているのを認めないわけにはいかなかった。
そして、それから二日後、凶兆が現実となった。
その日の晩、耳をつんざくかのような悲鳴が館中に響き渡った。
(またうなされているのか。それにしても、今日はまた一段と大きいな)
目が覚めても、その程度の事としか思えなかった。
ところが、部屋の外からバタバタと駆けてく足音が聞こえてくると、さすがに徒事ではないと思い、僕もベッドから飛び起きバスターのもとへ向かった。
彼の部屋の前まで来ると、ドアは開け放たれており、中では先生たち三人が窓の外を見下ろしているのが見えた。
僕も、カレンさんの股を潜り、前に分け入って下を見ると、バスターの足の裏が目に入った。彼の真っ赤な頭は、花壇の土にズッポリと嵌っていて、一本だけ逆さに生えたチューリップとなっていたのだ。
「これは一体……?」
事情を訊こうと先生の方を見たとき、ベッド下に置かれている物が目に入った。
ランプの薄ぼんやりとした灯りに照らされていたのは、自身の首を脇に抱えて横になっていたチェリーの姿だった。
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