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「それでは、理由を聞かせてもらいましょうか」
診察室のドアに耳を当てると、先生たちの話し声が聞こえてきた。
「主人が……主人が本当に私のことを愛してくれているのか、ずっと疑問に思っていました。だって、もう一年以上も部屋に入ってきてくれたことがないんですから。そりゃ、酷い仕打ちをしたことがあったかもしれません。でも私は主人を愛していました。それは確かです」
啜り泣きしながら喋る声が聞こえる。
「そして、その疑問はただの思い過ごしであることが、最近になってわかりました。主人はいつだって、私のことを見守ってくれていたのです。朝は食堂で料理中に怪我をしないかと、じっと私の手元を見て。そして夜は……夜は強盗や不審者が部屋に入らないよう、踊り場からずっと……」
そこで言葉が途切れた。暫しの沈黙の後、先生の咳払いが聞えた。それは話を先へと促す意味もあるようだった。
「そんな主人の……そんな主人の小さな体が投げ飛ばされて花壇に叩きつけられた瞬間を食堂の窓から見てしまったんです!」
声の主は、泣きじゃくったまま一気に捲し立てた。
「最初は、すぐにでも殺してやろうかと思いました。でも、それだけでは私の気持ちは晴れません。だから、私は棺桶から引っ張り出した主人の死体を使って、あいつに極上の恐怖を与えてやることにしました」
「では、彼の部屋のドアをノックして、鍵穴から御亭主の首を見せたのも?」
「もちろん、そのためです」
「合鍵を使って入ったのも?」
「ええ、枕元に置いて、自分が犯した罪の重さをわからせてやるためです。ふふふ、見事に成功しましたよ、あいつは狂ったように部屋中を逃げ回り、挙げ句にはドアと窓を間違えて……ひゃひゃひゃははは! 先生、あいつは酷い奴です! あいつは、そう……」
ガタンと音がした。椅子から立ち上がったのか。
「あいつは、人殺しです!」
叫び声と同時に、何かが叩きつけられる音が、続けざまに聞こえてきた。だがそれも、ガラスが割れる音を最後に収まったようだ。先生の必需品が物を言ったのだろう。
「ふう、やっぱりこういうときは注射器に限りますね。前からおかしな女とは思っていたが、人形と人間の区別がつかなくなるとは……」
おじさんが、一仕事を終えたような調子で言った。
「しかし先生、一人減った分補充しないといけないし、また面倒なことが増えましたねえ」
「まあいいよ。新しい実験材料が手に入ったと思えばね」
そこで僕はドアから耳を離し、自分の部屋に戻ることにした。こんなとこを見られたら大変、「ラット」から「マウス」になり、僕まで注射を打たれちゃうよ。
そういえば誰かが言っていたっけ、この時期になると、どの施設でも同じようなことが起こるものなんだって。
さあて、今度はどんな人が入居するのかなあ? やっぱ僕くらいの年の子がいいなあ。もちろん、ちゃんと遊べる人間のね。
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