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 牧田の仕事とは、家電量販店が販売した電化製品の配達、及び設置である。とりわけ、エアコンの設置作業は金になる仕事だった。普通に物を配達するだけなら誰にでも出来る、しかし、大型電化製品はほとんどの場合、設置作業が伴う。この設置の手数料、テクニカルコミッションは全額牧田の手に入る仕組みになっていた。栗山(くりやま)蜂(はち)兵衛(べえ)は工業科を出ていて、幸い電気関係の知識に明るく、すぐに家電の設置技術を覚えることが出来た。牧田は自分のトラックをハチに譲ってやり、ハチを独立させ、そして自分は三トン半の新車のトラックを購入し、自分の助手として遼太を育てることにしたのだ。  以前より勢力を増し、膨らんだ金城組の島内から少し離れた場所に賃貸の一軒家を借り、そしてまた、その近くに、手放さざるを得なくなった思い出の店、「惠心」に代わって、惠が過去から出発する為の、新しい店舗の準備をする。 「ここからの生活は全部が俺の名義だ、だから、彼奴らがお前らを探そうとすれば、必ず俺の存在にぶち当たる。それでも尚、あいつらが、お前らから手を引かないなら、俺にも考えがある。でもな、たぶん奴らは手を出しては来ない。金城の親父が生きている間はな」  おろしたばかりの三トン半トラックで、引っ越しは人通りの少ない早朝に行われた。引っ越しと言っても荷物は殆ど無い。着の身着のままの遼太や美月に荷物はなかったし、惠もその殆どの荷物を置いたままの引っ越し、所謂、夜逃げ同然の移動だったからである。 「秀さん、これは」 「それは持って行けよ、荷物は殆ど無いから、まだいくらでも積める。今度こそ、勝負するんだろ、あいつと」 「うん」 「じゃ、持って行かなきゃな」 「そうね、ありがとう、秀さん」  牧田は躊躇いがちに佇んでいた惠の肩を叩いた。そして、惠の横にあるプラスチック製の青い箪笥を軽々と持ち上げ、無言で玄関から外に停めてあるトラックに運んで行った。それが、惠が持って行く最後の荷物だった。  惠は温もりを失い、冷たくなった部屋の全部に目を向ける。忘れてしまいたい、けれど、その忘れてしまいたい記憶も含めての今の自分なのである。もし、その部分の記憶を消してしまえば、もう、自分は既に自分ではなくなってしまう。  {私は、私であるべきだ。どんなに辛くとも、私は、自分を取り戻さねばならない}  惠はそう思う。  {私が、私であるために。それには、あの男を、安楽栄治を禊なければならない。もう逃げない。私は逃げたまま、振り向かず前に進まない。しっかりと振り向いて立ち止まり、過去と向き合い、罪を償う} 「お姉ちゃん、秀さんがね、もう行くぞって言ってるよー」  無邪気な明るい美月の声が、玄関先から聞こえて来る。  {あんなに小さな子が、あんなに頑張って自分と向き合いながら、必死で、今を生きている。負けちゃだめだ、今度こそ、昔の自分を取り戻してやる} 「はーい、直ぐに行く」  惠は深々とひとつ、部屋全体に対して頭を下げた。それは自分の過去に対するものなのか、暫くの間、世話になったこの空間に対するものなのかよく分からない。けれどその時、惠はそうする事しか出来なかった。慣れ親しんだ部屋の空気を胸いっぱいに吸い込んだ後、惠は玄関を出る。急ぎ足で階段を駆け降りると、惠は美月の幼い足に追い着く。美月の小さな背中は、牧田に頼まれたお使いを成し遂げた自慢に溢れていた。 「秀さーん、お姉ちゃん、直ぐに降りて来るよー」  手を振りながら駆け出した美月に牧田が大声で言う。 「美月―、お姉ちゃんじゃない、おばーちゃんだー」  その途端、惠の背景に流星群が流れる。 「ギャラクティカーーー!、マグナムーー!!」
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