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「ひっ……」  私は悲鳴をあげて、思わず日記帳を取りこぼした。  床に落ちた日記帳はそのページを最後に何もかかれていない。  これが、妻が自殺を図る前に書かれた最後の日記だった。  この2日後、妻は風呂場で自分の腕と、そして右耳を菜箸で突き刺して自殺を図った。  私に相談することもなく、「幻聴」に苛まれた末の自殺未遂だった。  妻が自らの耳を突き刺したのは、その「声」から逃れる為だったのだ。  妻が文句ひとつ言わないのを良い事に、家庭と家事、子育てをすべて放り投げて、心理的なストレスをかけ続けた事がすべての元凶だ。  私が原因。  本人も気づかないほどの強烈なストレスが、妻に子供の妄想に過ぎない「ろろろ」という荒唐無稽な存在を認識させ、狂わせた。  声が出ない。  日記を盗み見れば、もしかしたら、自分以外の原因を見つけられるのではないかと期待していた私自身を殴りつけてやりたい。  孤独に戦い続けたであろう妻を想うと、妻への申し訳なさと自分の情けなさで涙が出てくる。  辛かったろう。  怖かったろう。  自分自身でも勝手が過ぎると重々承知だが、もしやり直せるなら何でもする。  次はどんな些細な事でも妻から相談してもらえるような夫になると誓う。  支え合う、などとムシの良い事は言わない。  今度は私が、妻を支える。  まずは妻に許しを請わなければならないが。  私は静かに決意し、立ち上がった。  ……この家は、やはり妻には辛いかもしれない。  家を買い換えるか。と考えながら、まだ私はまだ壁紙も新しい二人の部屋を見回した。 「ん……?」  クローゼットが、少しだけ開いている。  さっきは閉じていなかっただろうか……? 「いやいや……」  私もだいぶ、妻の日記に“当てられた”ようだ。  さっき自分で開けたばかりじゃないか。  ちゃんと閉めなかっただけだ。  当たり前だ。  ろろろなんて、いるわけない。
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