第五章

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第五章

 放課後となった。  俺は若田部にどこかへ寄り道をして遊びに行かないかと誘われるも用事があると言ってそれを断り、教室を出て棚橋と待ち合わせている校門前へと向かう。  俺の気分は現実の晴れやかな空と相反するようにどんより曇り空。  あのような雰囲気で別れて一体どんな顔で棚橋と会えばいいのか。  それにあいつから投げかけられた言葉は今ものどに小骨が刺さったようにつかえている。  正直、気が進まない。  行きたくない。  だが約束してしまったのだから仕方ない。  救いなのは二人きりではなく猫の飼い主である八重樫という第三者がいることか。  重い足取りで廊下を歩いていると進行方向から見覚えのある黒髪の女子生徒が口を真一文字に結んだ不機嫌そうな面構えでずんずんと歩いてくるのが見えた。  生徒会長で今回の犯人探しにおいてひとまずの指針を示してくれた乙坂緒留先輩だった。  袋に入れた竹刀を持った強面の男子生徒を斜め後ろに随伴させており、その姿はさながら猛獣使いのようである。  あの後ろに控えている男の先輩はこの前俺たちと入れ違いで生徒会室に入っていった人か……。  何を食えばあんな体格と人相になるのやら。  顔つきはともかくあのガタイは男子なら少なからず憧れを抱く立派なものだ。  ……俺は何を野郎の体つきについて語っているのだろうか。  一応、誤解を招かないよう言っておくと俺にそんな趣味はない。  断じて。 「おや、小鳥遊君じゃないか」  俺のことに気が付いた乙坂先輩は顔をほころばせて気さくな声の調子で話しかけてきた。  先ほどまでの仏頂面とは打って変ってだ。  この転調の激しさは何となくイツキを彷彿とさせる。  髪型も同じ黒髪ロングで似てるし。  前髪は違うけど。 「どうだい進捗の方は。飼い主は見つかったかな」  世間話風に経過を訊ねられた。 「棚橋のやつが見つけてきましたよ。どうやらあいつと同じ組の女子がそうだったみたいです」  俺はすらすらとした口調で伝える。  いやぁ、成果が順調だと滑らかに言葉が出るね。  俺は何もしていないけど。 「ほう、見つかったか。それはよかった。まあ、すでに陸から報告を受けて知っていたがな」  ……ならどうして聞いたんだよ。  意味がわからんぞ。  掴みどころのない人である。  悪い人ではないのだろうけど。 「それで犯人には結びつきそうかな?」 「どうですかね。とりあえず今日はその子を含んだ三人で彼女の家の近辺を調査する予定ですが」 「一緒にか。それはまた豪胆だな」  なんのことだ?   ペットを殺されながら気丈にも犯人捜査に加わる八重樫のことを言っているのか? 「ところで調査とは具体的にはどんなことをするつもりだい」  乙坂先輩が基本的なことを訊ねてきた。そんなもの俺が知りたいわ。 「さあ……。多分聞き込み? とかだと思いますけど」  詳細を聞いていないので俺は憶測で答えた。  確かな自信がないのでその語調は限りなく頼りないものとなる。  疑問形にならざるをえない。 「なんだか心許ない返事だが……。大丈夫か?」  どうでしょうねえ……。  つーか、そんなあからさまに心配そうな顔をされると俺の無能さが浮き彫りになるからやめていただきたいのですが。 「ま、ともかく。よい結果に転ぶといいな」  俺の肩をぽんと叩くと乙坂先輩は高貴な笑みをたたえて進行方向へ再び歩いて行った。 「はぁ……」  俺は気の抜けた返事をしながら先輩たちを見送ったのだった。  ぞろぞろと群れを成すように下校する生徒たちの一部と化しながら俺自身も校門へと足を運んでいく。  ひょっとしたら俺の周りをよたよた歩いているつまらなそうな顔をした連中の中に小鳥遊由海を追い詰めた犯人が混じっていたりするのかもしれない。  自分の犯した罪をさして気にもせず、何食わぬ顔で平然と日常に溶け込んでいたりするのかもしれない。  パッと見ではどいつが犯人なのかわからない。  だが腹に秘めた残虐な本性を薄皮で覆い隠し、常人の演技をした悪魔が人間の群れの中に平然と紛れている。  小鳥遊由海はあのクソ汚い部屋に閉じこもったままだというのに。  そう考えると胸糞が悪い。  そんなことを思いながら俺は歩みを進めていく。  視界がはっきりする距離まで近づくと男女二人が出入りの邪魔にならない門の端の位置で立っているのが見えた。  男の方が俺の存在を確認して小さく手を振ってくる。  無論、棚橋だ。  女子の方はあの日病室で会った片側だけを三つ編みにしてまとめた清楚な眼鏡の女子生徒、八重樫。  ちなみに下の名前は知らない。 「やあ、来てくれて助かるよ」 「……おう」  棚橋は何事もなかったかのような爽やかな顔で話しかけてきた。  これはあれか。  あの図書室でのことはなかったことにしようというメッセージか。  それとも本当に意に介していないのか。  どっちだ。  後者なら棚橋の神経は相当に図太い。 「こちら、俺と同じクラスの八重樫さん。一度小鳥遊さんの病室で会っていると思うけど、一応」  棚橋に八重樫を紹介され、俺は小さく会釈する。 「八重樫です。今日はどうぞよろしくお願いします」  角度のしっかりした丁寧なお辞儀と共に名乗られた。  この佇まい。  やっぱりこの子、育ちの良さを感じさせるよなぁ……。 「八重樫さん、彼が一緒に犯人捜しを手伝ってくれている三組の小鳥遊泰正君だ」  俺も名前を言ったほうがいいだろうなと思って口を開きかけると棚橋に先を越されてしまった。  これでは俺がコミュニケーション不全な男だと八重樫さんに誤解されてしまうではないか。 「小鳥遊……?」  八重樫がピクリと反応を示し俺の顔をまじまじと見てくる。 「ああ、珍しい名字だけれど彼は小鳥遊さんとは親戚ではないらしいよ」  瞬時に察した棚橋が注釈を入れる。  察しのいい男、棚橋陸のイケメンパワーが発揮された瞬間だった。 「ふぅん……」  八重樫は理解したのかどうなのか。  含みあり気なご様子。  いや、嘘じゃねえからな。  そんなところで嘘ついたって仕方ないだろ。  どうにも目つきや表情から疑われているような気がしてならない。  礼儀正しいが疑り深い性格の子のようだな。  やれやれ。 「とりあえず、全員揃ったことだしそろそろ行こうか」  棚橋がとりなすようにそう言い、一同が移動をしようとしたその時である。 「あーっ! 棚橋先輩ようやく見つけましたよーっ!」  よく通るハスキーな声が響き、棚橋の名が呼ばれた。  何事かと思い振り向くと、元気というか、やかましそうな茶髪のちびっこい女子生徒が右手を大きく振って自身の存在をアピールしながら駆け寄ってくるのが見えた。  なんじゃありゃ。棚橋のおっかけか?  棚橋を先輩と呼ぶことやリボンの色から一年生の後輩であることはわかるが。  なんでもいいけれど、こんな人の通りの多いところで騒ぐのはやめてもらいたい。  周囲の注目を集めるし。  場をわきまえておっかけろ。  できるなら俺の見ていないところで。  ムカつくから。 「おいおい、マネージャー。大きな声を出して一体どうしたんだ? 今日はオフのはずだろ」  困惑したような声で棚橋が訪ねる。  ……マネージャー?  男子テニス部の女子マネってことか?  こんな裏方に徹するのに向いてなさそうな自己主張の強そうな人間が? イメージ湧かねえなぁ……。 「どうしたもこうしたもないですよぅ。緊急のミーティングをやろうってことになったのに棚橋先輩が見つからないからもう一生懸命あっちこっち探し回って! それでようやく見つけたんですよ? あたし、めちゃ疲れました」  サイドテールをみょんみょん揺らしながら頬を膨らませブーたれる。  うわぁ、何だこのぶりっ子全開の寒々しい仕草は。  鳥肌が立つぞ。  一部の層には受けそうだが。  ……というか早く連絡をつけたいならスマホに連絡すればよかったのでは? そんな疑問は抱くだけ無駄なんだろうけど。 「ミーティング……? そんなのがあるなんて聞いてなかったけど」  棚橋が訝しげに言う。 「だから緊急って言ってるじゃないですかぁ! ついさっき決まったんですよ!」  部長に知らされぬまま決まるミーティングがあるのか。  棚橋、ひょっとして嫌われてる? 「いや、でも今日は用事が……」  棚橋は俺たちを気にするように目線をやってくる。 「いいから、さっさと来てください。部長がいないと話にならないでしょ。さあ、早く! 迅速に!」  ぐいぐいと腕を引っ張って棚橋を連行しようとする後輩女子マネージャー。  俺と八重樫はその怒涛の勢いに圧倒されて沈黙。  棚橋は長く葛藤していたようであったが部長としての役割を持ち出されてすっぽかすことはできなかったようで。 「……二人ともすまない。できるだけ早めに切り上げて後で合流できるようにするから。二人で先に行って近隣の人に聞き込みをやっておいてくれないか?」  溜息を吐きながらそう言ったのである。  ああ、やるのはやっぱり聞き込み調査なのな。  俺は一つ疑問を解決させる。  だが、ちょっと待ってほしい。  棚橋が行ってしまったら誰が主導でそれを実行するのか。  どうも棚橋の頭の中では何が何でも今日中に調査を行うことが既定路線のようである。  用事が入ったなら別に今日じゃなくてもいいだろう?  俺がそう言おうと口を開きかけると棚橋はポケットから何やら四つ折りにした紙を取り出してきた。 「これは今日、緒留さんにもらった八重樫さんの家の付近に住んでいる生徒をまとめたリストだ。よかったら参考にしてくれ」  そう言って押し付けられてしまう。  参考にって、どう参考にすんだよ。  一軒一軒回って行ってお前は犯人かって訊いていくのかよ。  俺は脳内で問う。 「本当にすまない」  心の底から申し訳なさそうに言われると棚橋を責める類の発言はできなくなる。  俺たちは女子マネと共に去ってゆく棚橋を黙って送り出すしかなく。  ……こうして突如現れた嵐のような乱入者によって棚橋は連行され、その後には緩衝剤を失ったロクに話したことのない男女が二名、気まずく取り残される形となった。 「……じゃあ、行くか?」 「……そう、ですね」  ぎこちなく目線を交わし合い、何とも微妙な表情で頷き合う。  ……いや、ホントどうすんだこれ。
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