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小学校を卒業して12年。
ついに満を持して、同窓会を行なうことになったようだ。
発起人は俺とはまずまずの仲で、六年間ずっと学級委員だった秀才片岡康夫と、年中おちゃらけたちりちり頭の佐藤江利菜だ。
参加不参加は問わないようで、日時と会場をいきなり指定してきた。
―― 誰も参加しないと、片岡と佐藤ふたりで同窓会するんだろうな… ―― などと俺は思って、妙におかしくなってついつい声に出して笑ってしまった。
一人暮らしなので、誰にも迷惑をかけることなく笑えることが妙にうれしい。
名簿を見ると、大半は覚えていたが、―― 誰? こいつ… ―― といった名前も数名いた。
当然、俺のこともそう思われているかもしれないと思うと、笑うに笑えない。
ひと通り見終えて気になったことがある。
―― 三河… 三河延江夢は… ―― と思い、俺は先頭から順に名簿を見たがその名前がない。
―― まさか死亡… ―― などと考えたが、他界した俺の親友の名前はあり、『黄泉の世界へ』と書かれていて、―― こいつら、ふざけすぎっ!! ―― と俺は少し怒ってしまった。
ということは、三河という名の女子は同窓生にいなかったことになる。
男子も女子も、姓が変わった場合は両方書かれていた。
三河とは少々思い出があるので間違うはずはない。
小学校六年間、中学三年間、奇跡的にずっと同じクラスだった。
一貫教育ではないのにこれはありえないと今更ながらに思う。
とはいえ、それ以外に特に変わったことがあったわけではなく、さすがに高校は別になったと思う。
俺の進んだ高校に三河はいなかったからだ。
その後の三河の消息は聞いたことがない。
数ある思い出の中で、少々気になることはあった。
小学六年の時、近くの神社のお祭りの日に、弟と同じくらいの少年が俺を笑顔で見上げていた。
「姉ちゃんから」と言って、りんご飴を俺に差し出した。
―― 姉ちゃん? ―― と思い、かなり離れたところに三河がいて、俺に一瞬笑みを浮かべてすぐにそっぽをむいた。
「ああ、ありがと…」と弟君に俺は言ったはずだ。
あとにも先にも、三河とのもののやり取りはこれが最初で最後だった。
俺は気が多く、どちらかと言えばごく普通の三河よりも、美人系、かわいこちゃん系が大好物だった。
だが、想いを告げることなく六年間を終えた。
これがごく普通の小学生の行動だと思う。
三河のことが気にならないわけではなかったが、普通系の女子は谷口弘美が大好物だったので、三河はノーマークだった。
と言った具合に、俺はかなり気が多い。
ちょっとした顔のパーツの配置で、誰もが美人になり、誰もがかわいい顔になる。
三河の場合、大人になればいい女になったに違いないと思い、俺は今更ながらに後悔したが、その三河の名前が同窓会名簿にない。
これはどういうことだと思いながらも、同窓会の当日となった。
会場は大盛況で、誰も欠けることなく出席した。
まさに奇跡だろうと、俺は思ってしまった。
―― ここで他界した俺の親友だった谷田繁樹が現れると最高だなっ!! ―― などと考えて少し笑った。
―― きっと、思い出に残る同窓会となるだろう ―― などとさらにバカな事を考えた。
俺は忘れないうちに、近くにいた、相変わらずちりちり頭の佐藤に話しかけた。
「三河の名前がねえけど?」と俺が言うと、佐藤は確実に目が泳いだ。
だが出てきた言葉は、「えー、いたっけ?」だった。
「ふーん…」とだけ、俺は言って佐藤を解放した。
次のターゲットはもうひとりの幹事の片岡だ。
だがすでに、佐藤とアイコンタクトを取っている。
―― 夫婦かっ!! ―― と俺は思い、少し笑ってしまった。
聞いても無駄だと俺は思い、野球仲間だったむさくるしい仲間たちの輪に加わった。
この場でも、三河の名前をにおわしたのだが、覚えていない者、確実に覚えている者で意見が別れたが、「あ、そういえば、ヒロちゃん言ってたよね?」と万年補欠だった高田が俺に顔を向けて言った。
「ああ、9年間同じクラスだった」と言うと、数名が、「ああ、そうだった、そうだった」と言うと、片岡が泣きそうな顔をしてオレたちに走り寄ってきて頭を下げた。
そして、「忘れてくれっ!!」とだけ言ってまた頭を下げて、すごすごと別の席に走って行った。
片岡があまりの剣幕だったので、薄ら寒い想いがして、三河の話はタブーとすることにした。
この同窓会は、『三河を記憶から消す会』でもあったと、俺は感じた。
数日後、国会のニュースが世間をにぎやかにした。
なんとわずか24才の女性議員が総裁選に出馬するようだ。
名前は、「三河延江夢」と見た時に、俺はすぐにパソコンをインターネットにつなぎ情報収集をした。
「はは… いいのかよ…」と俺は独り言を言ってしまった。
三河は輝かしい経歴の持ち主だった。
調べたが、この情報には間違いなさそうだった。
だがそれは、高校以降の話だ。
三河の生まれはアメリカ合衆国となっていたのだ。
―― おまえ、商店街のカメラ屋の娘だろ… ―― と思い、俺はついつい大声で笑ってしまった。
ここまではなんてことはなかった。
三河のマニュフェストを見て俺は仰天した。
それは一番最後に記されていた。
『政治家は家庭を持ってこそ一人前。
若輩者だが、りんご飴の君に結婚を申し込む!』
かなり気合が入った内容だった。
―― りんご飴の君は俺だけじゃないはず… ―― と無理やり思い、今もごく普通だが眼光が異様に鋭い三河のことは俺の記憶から消すことにした。
―― おわり? ――
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