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【第二話】アリス、領地を手に入れる
アリスはレオンと名づけたエルフを伴って、先ほどのテントへと戻った。
テントの周りには、騎士たちがたくさんいた。
それを見たアリスは、大きくため息を吐いた。
あまりにも手はずが良すぎだった。これはあらかじめ仕組まれていたことだと、アリスは気がついた。
実はアリスは、休みの少ない父が珍しく休みが取れたから出かけようと言われた時点でなにか裏があるのではないかと疑っていたのだ。
家を出るときも、馬車ではなく、歩きでというのも怪しかった。
なにかあると思いながら歩いていたら、馬車に乗せられたレオンを見かけた。
歩いていたからこそ見つけられたのもあるが、マテウスはレオンが──というより、奴隷が馬車に乗せられて通ることを前もって知っていたのではないだろうか。
「お父さま」
騎士たちに指揮しているマテウスを捕まえ、アリスは睨み上げた。
マテウスはアリスの反応は想定済みだったのだろう、ニッコリと笑みを向けてきた。
「アリスのおかげで、奴隷商人たちを捕まえることが出来たよ」
「お父さま、嵌めましたわね?」
「なにを言ってるのかい? おや、おまえの後ろにいるエルフは、先ほど馬車に乗せられていた彼かい?」
「……そうよ。彼はレオンと言って、今日からわたしの従者になったの」
せめてもの反抗にとそう言えば、マテウスはこちらも予想していたのか、笑った。
「訳あってエルフの里から出てきたのだろうけど」
それからマテウスは真顔になり、レオンを見た。
レオンは真正面からマテウスを見た。
「アリスに手を出したら命はないと思え!」
思いもよらない言葉に、アリスは思わず大声を上げた。
「お父さまっ!」
「だれがこんなおてんばに手を出すかよっ!」
レオンも負けずに大声を上げ、マテウスの言葉に反論した。
「まぁ、行く当てはないから、従者にでもなってやるけど」
「レオン、本当っ?」
「おまえみたいなおてんばで鶏がらみたいな女、こっちから願い下げだ!」
「まぁ、レディになんてことを言うのよ!」
アリスとレオンがぎゃいぎゃい言い合っていたら、マテウスの元へ騎士が近づいてきた。
「──ふむ、分かった。アリス、レオンと共に城に行くぞ」
「お城へっ?」
「王がエルフを見たいとおっしゃっているらしく、あと、アリス、おまえにも会いたいと」
「しかし、ドレスが」
「問題ない。お待たせさせる方が失礼だ」
マテウスにそう言われ、アリスは納得しないまま、用意された馬車に乗り込み、城へと向かった。
* * *
「アリス、よく来た!」
「お久しぶりでございます、陛下」
アリスはスカートを摘まみ、淑女の挨拶をした。
「この度は、我らが手を焼いていた奴隷商人を捕まえたと聞いたぞ」
この国の王であるドグラスは、アリスを見て、にこやかにそう口にした。
まさかそんな大物だったとは思わなかったアリスは、内心で冷や汗をかいていた。しかも、父であるマテウスが画策していたとはいえ、アリスは感情のままに魔法をぶっ放しただけだ。
なにか特別なことはしていなかった。強いて言えば、通常営業だった。
「陛下のご威光があってのことですわ」
アリスはとりあえず、訳の分からないことを口にして煙に巻こうとしたが、ドグラスはさらに笑った。
「アリスはいくつになった?」
「六歳ですわ」
「六歳にしては、難しい言葉をよく知っておる。感心するのぉ」
「お父さまの教育の賜物ですわ」
チラリ、とアリスはマテウスに視線を送った。
マテウスはその視線に気がつき、にこやかな笑みを浮かべ、会釈した。
アリスはドグラスの言葉に、背中に冷や汗が流れるのを感じていた。
アリスが年齢の割にしっかりしている理由。
それはアリスが、転生者であるからだ。
アリスの前世は、日本でOLをしていた、ごく普通の女性だった。
しかし、ある日、通り魔に刺されて、死んでしまったのだ。
その通り魔は、未だに捕まっていないらしい。
アリスの前世は、本当にどこにでもいる女性だった。それが、通り魔に刺されて──人生が終わり、そして生まれ変わった。
前世のことは覚えていることと、思い出せないこと──前世での名前など──とあるけれど、見た目は子ども、中身は大人? なので、端から見ると、年の割にしっかりしていると思われている。
そのことを知っているのは、アリスだけだ。
自分に前世の記憶があるなんて言ったら、とんでもないことになりそうだと気がつき、誰にも言っていない。
「親馬鹿と言われるかもしれませんが、アリスは年の割にしっかりしていると思います。赤子の頃から手の掛からない子で、大変、助かりました」
「ふむ。それではアリス」
「は、はいっ」
「領地経営など、興味はないか?」
「領地経営、ですか?」
ドグラスの言葉に、アリスは目を瞬かせた。
この世界、というより、この国は王が頂点に立ち、その下に貴族がいて、市民がいる君主制となっている。
マテウスは男爵で、そして魔術師長を務めている。
男爵なのに魔術師長というのも不思議だとアリスは思っているのだけど、なにか事情があるのかもしれないし、中身はともかく、見た目は子どもなので、口出しすることはいかがなものかと思い、マテウスに事情は聞いてない。
「マテウスの爵位は男爵だ。それなのに、魔術師長というのはどうなのかとわしも周りも思っておる」
あ、やっぱりそうなんですよね、とアリスは納得した。
「マテウスが上の爵位を欲しがらないのは、アリス、おまえかわいさ故」
「……へっ?」
「爵位が上がれば、領地を所有することになる」
アリスの記憶によれば、この国の決まりで、男爵は領地を持てない。
もし、領地を持てば、領地に妻子を置いて、自分は王都にある屋敷で王都で仕事をしなければならない。そしてたまに領地に戻り、領地の仕事もする。
領地にいない間は、代理を立てて領地の経営をしてもらうことになる。
もちろん、全員が全員、王都で仕事をしているわけではない。領地をもらったら、領地に引きこもって出てこなくなる貴族も中にはいる。しかし、王都から離れていればその分、情報は入りにくくなるし、貴族同士の交流も断たれる。それでもいい、むしろそれがいいと言う者も中にはいるが、変わり者と言われるだけだ。
「さすがにこの度のことは、報償なしとはいくまい」
「…………」
アリスはそっとマテウスを見ると、随分と渋い顔をしていた。
「しかも、なんでも大量の亜人を救出したと聞く。領地と彼らを褒美に与えるので、アリスよ、おまえの腕を見せてくれぬか?」
なにがなにやら分からないうちに、アリスは領地と労働力を手に入れた。
* * * * *
後日、改めてお達しがあるとのことで、アリスとマテウスは、レオンとともに王都にある屋敷に戻った。
「お帰りなさいませ、ご主人さま、お嬢さま」
執事の迎えに、マテウスはうなずいた後、ふとレオンを見た。
先ほどは気にしてなかったが、レオンは随分と汚れているようだった。
「グレーゲル、レオンを風呂に入れてやってくれ」
「かしこまりました」
「彼は今日からアリスの従者になった。少し躾をお願いするよ」
「かしこまりました。レオン、こちらに」
レオンは無言でグレーゲルに近寄った。グレーゲルはレオンが来たことを確認して、屋敷の中へと入っていった。
「アリス、私たちは夕飯をいただこうか」
「そうですわね。今日のことをお母さまに報告しないといけませんわね」
アリスとマテウスは二人の帰りを待っていたアリスの母であるマリアを途中で誘い、食堂に向かった。
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