194人が本棚に入れています
本棚に追加
【第一話】アリス、奴隷を手に入れる
アリスの目の前に、金色の光が見えた。
眩しさに思わず瞬きして、その光を追いかける。
と、それは、汚れていたけれどかろうじて金色の髪をした人であるのが分かった。
アリスの目の前から、それは遠ざかっていく。それが惜しくて追いかけようとしたが、グッと腕を引かれてしまった。
「こら、アリス、どこに行く?」
視線を上げると、そこにはアリスの父であるマテウスがいた。
アリスはマテウスを見て、それから去っていった金色の光を目で追った。
マテウスはアリスがなにに気を取られたのかすぐに分かったようで、アリスの目線と同じになると、ため息を吐き、それから首を横に振った。
「アリス、駄目だよ」
「お父さま、今のはなに?」
アリスは紫色の瞳に好奇心を乗せ、マテウスを見た。
マテウスはしばらく悩んでいたようだが、アリスをごまかすことが出来ないことを思い出したようで、仕方がなく口を開いた。
「あれは、奴隷だよ」
「奴隷……?」
奴隷とは、同じ人間でありながら金で買われ、所有物となり、強制的に労働させられるというアレ、だろうか。
この世界に、奴隷なんていたのだろうか。
「今のは見たところ、エルフのようだね」
「エルフ……?」
「人間の奴隷は禁止されているけれど、人間以外の奴隷は、禁止されていない」
厳密には禁止されているのだが、条文には人間の奴隷を禁止すると書かれているため、人間以外の種族の奴隷は黙認されていた。マテウスはそれを知っていながら、アリスには禁止されていないと伝えた。
この世界は、地球と違い、魔法がある。そして、人間以外の種族もいるのは知識として知っていた。
だけど、アリスは初めて人間以外の種族を見た。
「そんなの、おかしいよ!」
マテウスの予想どおり、アリスは激昂した。
髪の毛の色と同じ金色のオーラを全身から噴き出し、マテウスの手を振り払うと、歩き出した。
「アリス……!」
「ダメ、絶対に、ダメ。あの人は、奴隷なんかじゃない!」
アリスはそう言うと、走り出した。
マテウスは立ち上がり、アリスの後について走り出した。
アリスとマテウスの周りにいた護衛たちはマテウスの合図を読み取り、散らばった。
アリスは金色の光が消えていった方向に向かって走ったが、すぐに分からなくなり、立ち尽くしていた。
後ろから追いかけてきたマテウスは苦笑して、アリスの手をつかんだ。
「お父さま!」
「違うよ、アリス。行こう」
アリスはあの金色の光を持つ人物を助けようとしていたが、マテウスも分かってくれたようだ。
マテウスと手をつないで、アリスは歩く。
途中、路地を曲がり、細くて薄暗い道を通り過ぎ、そして、行き止まりだった。
アリスは非難するようにマテウスをにらみつけたが、マテウスは小さく首を振ると、壁に手を当てた。
そして──。
『万物に宿る精霊よ、今、この壁を開き、我らを導いてください』
マテウスの詠唱の後、壁は左右に分かれて扉のように開いた。
開いた先は薄暗く、マテウスはアリスと繋いだ手とは反対側に光を宿し、中を探るように手をかざした。光はマテウスの手のひらから浮かび上がると、中へと入って頭上で輝いた。
「っ!」
明るく照らされた中は、アリスが想像していた以上の場所だった。
どれくらいの広さがあるのかは分からないが、所狭しと檻が置かれていて、なにかが蠢いていた。
「これは……」
アリスとマテウスの後ろにはいつの間にか騎士たちが到着していた。
後ろにいる騎士たちにもこの中の様子は見えていたようだ。
「ここの他の出入口は?」
「他の者たちが固めています」
「それでは、突入するぞ」
「しかし……」
騎士の先頭に立っていた者は、アリスを見て、困ったような表情を浮かべた。
マテウスはすぐに悟り、それから首を振った。
「大丈夫だ、この子は私が守るから」
「ですが」
「いいから、作戦を開始したまえ」
マテウスの言葉に、騎士は渋面を浮かべていたが、これ以上、なにを言っても無駄だと分かり、合図の狼煙を上げた。
他の入口に配置された騎士たちからも同じように狼煙が上がる。
それを確認すると、騎士たちは中へと足を踏み入れた。
アリスとマテウスは騎士たちが中へ入ったことを確認して、中へと入った。
あちこちから、剣戟が聞こえてくる。
マテウスはアリスと繋いだ手を握り直すと、左右に視線を向け、檻を一つずつ見ていく。
檻の中には生きた獣や人間以外の種族が入れられていた。
それらは、アリスとマテウスを見ると、檻の間から手を伸ばしてきた。
獣はともかく、人間以外の種族については、解放するから待つようにと伝えて、檻の前から遠ざかる。
いくら見ていっても、先ほど見た金色の髪をした人物は見つからない。
すべての檻を見た後、まだ見ていない場所から声が聞こえてきた。
アリスはマテウスに見上げると、走り出した。マテウスもアリスの手を離さないように慌てて走る。
声がする方へ向かうと、少しだけ開けていて、そこに──いた。
薄暗いのに、金色に輝いているように見える、人物。
手足は長いが枝のように細く、そして背もひょろりと高かった。
その人物は、鎖に繋がれ、左右にいる無骨な男が肩から腕に掛けて掴んでいた。
そして、ニヤけたひげ面の男が、禍々しい気配がする筆を持って、金色の人物に迫っていた。
『炎よ』
アリスはとっさに詠唱していた。
『あの筆を燃やして!』
「アリスっ!」
マテウスが気がつくと同時に、ひげ面の男が持っていた筆が青紫色の炎を上げて、燃え始めた。
「なっ、なにっ!」
ひげ面の男は慌てて手を離し、筆は反対側へと飛んでいった。
「貴様らっ!」
「あなたたちが奴隷商人ね! 『風よ、あの男たちを捕まえて!』」
アリスの詠唱に呼応するように、無風だった空間に強い風が吹き、ひげ面の男と金色の人物を捕まえている男二人を縛り上げた。
自由になった金色の人物は、周りに置かれたものを蹴り飛ばすと、周りを顧みず、布をまくり上げると外へと飛び出した。
「あ、待って!」
アリスは気がつき、マテウスの手を振り払うと、慌てて金色の人物を追いかけた。
布の外に出ると、そこはテントだったようで、アリスは少し驚いて、足を止めた。
それから左右を見回し、少し先に金色の光を見つけた。
アリスは急いでそちらに向かったが、金色の光は徐々に小さくなっていく。
逃してはならないとアリスの耳元で精霊たちが騒ぐので、一度、足を止め、深呼吸をした。
両手を金色の光に向けて突き出し、アリスは詠唱した。
『精霊たちよ
金色の光を捕まえて!』
アリスの詠唱に合わせて、風が巻き起こった。アリスの履いているスカートが裾から大きく捲れ上がった。金色の髪も大きく揺らし、精霊たちはアリスを撫でていく。
思った以上の精霊たちが力を貸してくれたようで、ゴッソリと力が吸い取られたようだ。
アリスはフラフラになりながら、精霊たちが向かった先へと足を運んだ。
アリスが向かった先では、蔓が足に巻き付き、風に優しく身体を縛られた金色の人物がいた。
改めてみると、耳が尖っていて、伝え聞くエルフの姿をしていた。
アリスは思わず見蕩れていた。
「やめろ、離せっ!」
その声に、アリスはハッとした。
「逃げないって約束する?」
「おまえ、誰だよっ! あいつらの仲間か?」
「そんなわけ、ないじゃない! わたしはアリス。アリス・アールグレーン」
アリスは名乗り、スカートを持ち、淑女の挨拶をした。
それを見た金色の人物は、顔を逸らした。
「あなた、名前は?」
「……名乗る名など、持ち合わせていない!」
その返事に、アリスは困ってしまった。
名前がなければ、呼ぶことが出来ないではないか。
「じゃあ、あなたは今日からレオンね」
「はっ?」
「うん、レオン、素敵な名前だわ!」
「なに言って……?」
「レオン、あなた、今日からわたしの従者よ!」
「はぁ?」
レオンと名づけられた金色の人物は、唖然としてアリスを見ていた。
最初のコメントを投稿しよう!