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大使館が多く並ぶ閑静な通りに面した一角、
木立で隔てられた建物の裏に自前のセダンを停め、水無月はキセを連れて表に回った。
敷地の周囲は黒い鉄製のアイアンフェンスで高さをもって仕切られ、内には煉瓦の建物と石畳のテラスを構えたフランス料理レストランがある。
正面にあるスライド式の鉄門は閉まっていたが、水無月は脇にある幅の狭い、同じく鉄製門のロックを番号入力で解錠すると大股で滑るように身をくぐらせ、先に中へ入っていった。
車に乗ってからは、ずっと無言でいる水無月の後ろを大きなバッグを肩にかけ、門を跨ぐ為にトランクを持ち上げたりするキセがオタオタと続く。
レストランである建物の裏手には随分後になって増築したような、淡い灰褐色の煉瓦の部屋が造り付けられ、夕刻に近い木漏れ日すら当たらないそれは、一見大きめの倉庫にも見えた。
「ここが、、、
みなつき刑事の住まい、ですか?」
倉庫のような、、、とはいえ、住人のイメージからするとやや洒落た外観に、キセはドアの前に置いたトランクから手を離し、建物と本人を見比べた。
「俺は水無月だ。
外で『刑事』は付けるな、苗字も極力口にするな」
口と同じほど重そうなドアをいきなり開いた水無月の言葉には応えず、
「そのドア、鍵付いてないんですか?」
驚きとともに頭を揺らして中を覗き込む。
「盗られて困る物はない。不満があるなら帰れ」
「不満なんて、、、僕は単に物騒かなと」
「安心しろ、お前より物騒な奴、そうそういねぇよ」
「しかし中で待ち伏せでもされたら、、、」
キセの口を止める為か、抑えかねる怒りを紛らわせる為か、ノブを掴んだまま振り返り、
「うるせぇな、一々。
この敷地に巡らされているセキュリティ破ってまでここに来る奴がいるとしたらそいつは単なる物取りじゃなく、俺を恨む頭の良い人間だ」
「恨む、人間ですか」
「そいつが狙うのは物じゃない。
俺の、コ・コ・だ・よ」
反対の人差し指でキセの額を突き刺し、大きく見開いた目を睨み付ける。
「無論お前もセットだ。
まっ、精々気をつけるんだな」
「、、、、」
そのまま立ち尽くすキセから視線を中に移し、
「嫌なら構わないぞ、さっさと帰れ」
軽く上げた手を一度だけ振って片方づつ靴を脱ぎ乱暴に置いた。
「水無月さんっ」
「あぁ?」
「か、、、かっこいいです!
凄くかっこいいです!
まるで刑事ドラマみたいじゃないですか!
『、、、そいつが狙うのは、物じゃない。
俺のこ、こ、だ、よ』なんて」
「、、、、」
「はぁぁ~。僕も早く一人前になって
そんなセリフを使ってみたいものです。
『せいぜい気をつけるんだな』って。
ふふふ、、、どうです?」
声色と表情を変えて小芝居をする呑気なキセとは裏腹に、水無月は増してゆく疲労に目を伏せた。
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