『キセ』くん ─2─ 寝言

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小一時間前、 何ヵ月もかけ、ようやく漕ぎ着けた情報屋との接触は失敗に終わった。 未だ風穴を開けられずにいる巨大な街、 ─ 花園街(ファーユエン) ─ 人々は一括(ひとくく)りにチャイナタウンと称しているが、放射状に延びるストリートには、インドやマレー、アラブ系の名前があり、それらしき国の飲食店や雑貨屋を、それらしき国の顔を持った者達が営む、異文化の集合体を成している。 華やかなアジアンエリアとして日々拡大しつつある一方、裏では統一マフィア『黒鱗(ヘイリン)』がそれら全体を治め、日本の公安も迂闊には手を出せないでいた。 何ヵ月も温め続け、ようやく舞い込んだ情報屋(向こう)からの接触を反故にすることもできず、かの街にキセを連れていったのは自身だから仕方ない。 にしても、だ。 ─── 「お前はここで待ってろ」 花園街(ファーユエン)からかなり離れたパーキングに車を入れ、キーを渡した。 「どうしてですか?」 「『邪魔』以外に理由はない」 「花園街(ファーユエン)がどんな街なのかくらいは、僕だって見てみたいですよ」 「観光なら別の日にしろ」 慌てて外に出たキセを車のルーフ越しに睨みながら止めるも、すでに奴はドアを閉めている。 「せっかく来たんですから」 「男二人だと目立つんだよ」 「別々に歩きます。大丈夫です」 自信たっぷりに頷く。 「、、、、」 「お願いします」 「なら勝手にしろ。俺は先に行くからな。 脱いだ上着はトランクに入れておけよ」 歩き出す際、何気なく言った言葉だが、 「脱ぐんですか? 上着」 という問いかけを背中に受け、早くも暗雲が立ちこめる。 「、、、マジで聞いてんのか?」 面倒にも足を止めて振り向けば、 「はい?」 意外そうな表情が答えを待っていた。 「飯時でもないのに手ぶらのスーツ野郎が街ん中うろついてたら警察手帳掲げて歩いてんのと同じだろ」 「あー、なるほどですね。 しかし脱いだ上着をわざわざトランク、、、」 「見える所に置かれた上着や鞄が 『車上荒らしを誘う』という一般常識(・・・・)は、、、もちろん知ってんだろうな?」 「ほほぅ」 まさかとは思うが、、、 「なるべく人と目を合わせるなよ」 「どうしてですか?」 「、、、、」 「どうしてですか?」 そのまさか(・・・)は現実に目の前で立ちはだかっていた。 「、、、理由は訊かなくていい。 言われた通りにしろ」 もはや嫌な予感しかない。
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